あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    旧石器時代

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    2026ねん 3がつ30にち(げつよーび、くもり)
    この一年激務が続くぜ!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    今回の考古学・歴史ニュースは367万年前の人類の祖先、“顔”がようやく見えてきたかも?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    化石って、骨が残っているだけでもすごい。
    でも本当に見たくなるのは、やっぱり顔なんだよね。


    今回話題になっているのは、南アフリカの有名化石 「リトルフット(Little Foot, StW 573)」
    これは 約367万年前 のアウストラロピテクス化石で、しかも これまで見つかった中で最も完全なアウストラロピテクス骨格 の一つとして知られている。今回、そのゆがんで壊れた頭骨をデジタルで組み直して、初めて本格的な「顔の復元」が行われた。


    つまり今回は、
    「新しい骨が出た!」
    という話じゃない。

    ずっと前に見つかっていた超重要化石を、
    いまの技術で“ようやくちゃんと見られるようになった”
    という話なんだよね。


    🪨 リトルフットって、そもそも何者?

    リトルフットは、南アフリカの ステルクフォンテイン洞窟 で見つかった化石で、発見のきっかけは1990年代に見つかった小さな足の骨だった。そこから全身がたどられていって、現在では 90%以上が残る非常に完全な個体 とみなされている。南アフリカで見つかった初期人類化石の中でも、とくに重要な存在だ。


    ただし、顔はずっと厄介だった。
    何百万年もの埋没と地質圧で、頭骨、とくに顔の部分が 押しつぶされ、割れ、ずれ ていたからだ。だから「重要化石なのに、顔だけはよく分からない」という状態が長く続いていた。


    🖥️ 今回やったのは、化石を“壊さずに”組み直すこと

    ここが今回の技術的な主役。

    研究チームは、リトルフットの頭骨をイギリスの Diamond Light Source という放射光施設に運び、21ミクロン分解能 の高精細スキャンを実施した。そこで得た膨大な画像データから骨片をデジタルで切り分け、スーパーコンピュータも使って本来の位置へ再配置し、失われた部分も補って顔を3D復元した。しかも、この作業には 5年以上 かかったという。


    これ、地味に見えてかなりすごい。
    昔なら「壊れてるから無理」で終わっていた頭骨が、
    いまは 物理的に触らずに仮想空間で再建できる ようになってきたわけだから。


    arukemaya_y552


    😮 で、どんな顔だったのか

    今回の復元でまず目立ったのは、眼窩(目のまわり) だった。
    研究チームによると、リトルフットの眼窩はこれまで見えにくかったけれど、復元してみると かなり大きい。顔全体のサイズや構造も含めて見ると、意外にも南アフリカの若い比較標本より、東アフリカのアウストラロピテクス標本に近い ところがあるという。


    ここ、かなり面白い。

    南アフリカで見つかった化石なのに、
    顔つきは東アフリカ側と似ているかもしれない。

    つまり、初期人類の地域差や進化の流れは、
    これまで思っていたよりずっと 入り組んでいた可能性 が出てくるんだよね。


    🧠 顔が分かると、何がそんなにうれしいのか

    顔って、見た目のロマンだけじゃない。

    研究者たちが重視しているのは、顔が
    視覚、呼吸、咀嚼、嗅覚、さらには非言語コミュニケーション
    にも関わる部位だということ。だから顔の形をちゃんと比べられるようになると、その生き物が どう環境に適応していたか を考えるヒントが増える。


    今回とくに注目された眼窩の大きさについても、研究チームは
    「視覚や行動、生態との関係があったかもしれない」
    と見ている。

    ただしここは、まだ 断定というより仮説寄り だ。比較できる完全な化石顔面がそもそも少ないので、今回の結果も「かなり面白いけど、まだ議論の入口」という位置づけで見た方がいい。


    🌍 南アフリカと東アフリカ、そんなに単純じゃなかった

    人類進化の話では、つい
    東アフリカ系、南アフリカ系
    みたいに分けて考えたくなる。


    でも今回の復元は、その整理に少し揺さぶりをかけている。
    CNRS と Wits University の発表では、リトルフットの顔が東アフリカ標本に近いことから、地域ごとに単純に枝分かれしたというより、もっと動的な進化史 があった可能性が示唆されている。


    つまり今回のニュースは、
    「昔の顔が見えた、わーい」
    で終わらない。

    むしろ、

    初期人類の進化地図そのものが、
    まだかなり書き換わる余地がある

    という話でもある。


    🧩 ただし、“本当の顔写真”ではない

    ここは大事なので、ちゃんと線を引いておきたい。

    今回明らかになったのは、あくまで 骨格としての顔面形態 の復元だ。
    皮膚の色、毛の量、表情、唇の厚さみたいなものまで分かったわけではない。だから「リトルフットの顔が完全に再現された」というよりは、

    頭骨のゆがみを補正して、
    顔の骨格がかなり見えるようになった

    という理解がいちばん正確だと思う。

    でも逆に言うと、
    骨格までしか分からないからこそ、今回の成果はちゃんと科学的なんだよね。
    盛りすぎたCGのロマンではなく、
    壊れた化石を比較可能な形に戻した というのが本体だから。


    ✍️ あるけまや的まとめ

    今回の話を雑に言うと、

    367万年前の「リトルフット」は、
    ずっと重要化石だったのに、
    顔だけはゆがみすぎていて見えにくかった。


    でも今回、放射光スキャンとデジタル復元で、
    ついにその顔の骨格がかなり見えるようになった。
    その結果、目のまわりの大きさや顔全体の形が、南アフリカの若い標本よりも 東アフリカのアウストラロピテクスに近い 可能性まで出てきた。


    これ、好きなんだよね。

    考古学や古人類学って、
    新発見のドカン感ももちろんあるけど、
    本当に面白いのはこういう

    ずっとそこにあった重要標本を、
    技術の進歩で“初めて正しく見る”

    みたいな瞬間だったりする。

    367万年前の顔がいきなりしゃべり出したわけじゃない。
    でも、ようやくこちらが少しだけ、
    ちゃんと見られるようになった。

    そういうニュースなんだと思う( ・Д・)




    なにはともあれ・・・・・・

    何でか知らんけどほんとみんな復元好きだよね!( ・Д・)






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    2026ねん 3がつ27にち(きんよーび、晴れ)
    プチ睡眠不足!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y550
    ↑本文とは全然関係ないんだけど、これ好き!( ・Д・)



    今回の考古学・歴史ニュースは6万年前の人類、ただ鋭い矢を作っただけじゃなかったかも( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    狩りの技術っていうと、つい
    「より遠くへ飛ぶ」
    「より深く刺さる」
    みたいな方向で進化したと思いがちだよね。


    でも今回の研究が面白いのは、そうじゃない。

    刺したあと、あとから効かせる

    という発想が、すでに 6万年前 にあった可能性が出てきたんだよね。


    南アフリカ・クワズールー=ナタール州の ウムフラトゥザナ岩陰遺跡 から出土した石製の小型矢じりを分析したところ、研究チームは 植物毒由来のアルカロイド を検出した。しかも年代は 約6万年前。これは、旧石器時代の狩猟武器に毒が塗られていたことを示す 最古の直接証拠 だとされている。 




    🪨 見つかったのは「毒っぽい道具」ではなく、毒の化学痕跡

    今回の強さはここ。

    考古学では前から、
    「この小さな石器、毒矢だったんじゃない?」
    という推定はあった。けれど今回は、見た目の推定じゃない。


    研究チームは、10点の石英製バックド・ミクロリス を化学分析し、そのうち 5点 から毒性植物に由来する化合物を確認した。検出されたのは buphanidrineepibuphanisine で、どちらも南部アフリカの ヒガンバナ科植物 に由来し、もっとも有力な候補は Boophone disticha だという。現地ではこの植物は gifbol とも呼ばれ、歴史時代にも矢毒として知られていた。


    つまり今回は、

    「毒を使っていたかもしれない」
    ではなく、

    毒の分子が矢じりに残っていた

    という話なんだよね。




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    ↑毒々しくないけど有毒植物!( ・Д・)(Isaksson et al. 2026, Fig.1より転載)



    🌿 犯人候補は、いまでも“毒植物”として知られる球根植物

    この Boophone disticha という植物、ただの草じゃない。

    研究チームによれば、今回見つかったアルカロイドは南部アフリカ固有のヒガンバナ科植物に由来し、なかでも Boophone disticha の球根滲出液 がもっとも可能性が高い。しかも同じ系統の化学成分は、約250年前の歴史時代の毒矢 からも検出されていて、かなり長い知識の継続を示すと解釈されている。


    ここ、かなり熱い。

    6万年前の人たちが、
    ただ植物を知っていたんじゃなく、

    どの植物が効くのか
    それをどう武器に乗せるのか

    まで理解していた可能性が高いわけだから。





    🧠 本当にすごいのは、「毒」という発想そのもの

    鋭い槍や矢なら、見れば分かる。
    でも毒は違う。

    毒は、
    その場でドカンと効く物理力じゃない。

    時間差で効く。
    体内で作用する。
    そして狩りの成功を、武器の強さだけじゃなく 化学 にまで広げる。


    論文では、歴史時代の南部アフリカの毒矢は 即死させるためではなく、傷口から毒を入れて弱らせ、追跡するための武器 だったと説明されている。研究者たちは、旧石器時代の例もそこまで完全に同じだったとは断定していないけれど、少なくとも 毒を使うには計画性・因果理解・待つ力 が必要だと強調している。


    つまりこれ、
    「武器が進化した」
    というより、

    狩りの考え方が進化した

    ってことなんだよね。




    しかも時期が早すぎる

    今回の発見がすごいのは、年代の古さでもある。

    論文によると、これ以前の 毒矢の直接証拠 は中期〜後期完新世のものが中心で、たとえばエジプトの墓からの例は 約4431〜4000年前、南アフリカのクルーガー洞窟の例でも 約6700年前 だった。さらに旧石器時代の毒の痕跡としては、南アフリカのボーダーケーブで 約2万4000年前の“毒塗布具”約3万5000年前の蜜蝋塊 が知られていたけれど、武器の先端に直接毒が残っていたわけではなかった。今回の例は、その timeline を一気に 5万年以上 さかのぼらせる。


    要するに、

    毒を使う狩りは、思っていたよりずっと古い

    ということになる。



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    ↑考古学の世界も変化してるなぁと実感するぜ!( ・Д・)(Isaksson et al. 2026, Fig.2より転載)



    🧪 ただし「どう狩ったか」まではまだ全部わからない

    もちろん、ここは慎重に見たい。

    今回かなり強く言えるのは、

    • 約6万年前の矢じりに毒由来の化学痕跡があること
    • その毒が植物由来であること
    • それが意図的に塗布された可能性が高いこと

    まで。

    一方で、

    • どんな動物を狙ったのか
    • 毒を単独で使ったのか、混合レシピだったのか
    • 当時の矢が歴史時代の毒矢とどこまで同じ仕組みだったのか

    は、まだ完全には分からない。研究チーム自身も、今回の痕跡は 比較的シンプルな植物毒 を示す一方、後の時代にはより複雑な毒レシピが現れる可能性を示唆している。


    だから今回の話は、
    「6万年前の狩猟法を完全再現した!」
    ではない。

    でも、

    毒を武器に乗せるという知識が、もうこの時点で成立していた

    そこはかなり強い。





    🏺 あるけまや的まとめ

    今回の話を雑に言うと、

    6万年前の人類は、
    ただ刺さる矢を作っていたんじゃなく、
    “あとから効く矢” を作っていたかもしれない。

    しかもそれは思いつきではなく、
    植物の性質を知り、武器に加工し、効果が出るまで追跡する、
    かなり複雑な狩猟システムの一部だった可能性が高い。


    これ、好きなんだよね。

    人類史って、つい
    石器が大きくなるとか、火を使うとか、
    見てすぐ分かる技術で語られがちじゃない?

    でも今回は違う。

    見えないもの、
    つまり 化学 を武器にしている。

    それってかなり現代っぽい。
    いや、現代っぽいというより、

    人類はかなり早い段階から
    目に見えない作用を利用する生き物だった

    ってことなのかもしれない。

    鋭さだけじゃなく、
    遅れて効く仕組みまで考えていた。
    6万年前の矢じり、なかなか怖いのさ( ・Д・)




    なにはともあれ・・・・・・

    最初にフグ食べた人って死んだのかな?( ・Д・)

    ふぐぅ……-⁽ -´꒳`⁾-ペショ




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    2026ねん 3がつ26にち(もくよーび、がっつり雨)
    お腹痛い!( ・Д・)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y547
    ↑サルの脳みそは食べたことないや!( ・Д・)(「インディジョーンズ」の有名シーンより転載)



    今回の考古学・歴史ニュースは古代ヨーロッパ、人骨が“食べる前提”みたいに処理されていたかも?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに


    「古代人が人を食べたかもしれない」という話は、考古学ではたまに出てくる。
    でも今回の研究がちょっと強いのは、ただの「人食いっぽい」ではなく、

    頭皮をはぎ、肉を外し、頭蓋骨を割って脳にアクセスしたらしい

    という、かなり具体的な処理の痕跡が出てきたところなんだよね。


    舞台はポーランド南部の マシツカ洞窟(Maszycka Cave)
    年代は 約1万8000年前、後期旧石器時代の マグダレニアン文化 の時期で、研究チームはここで見つかった人骨63点を再検討し、少なくとも10人分の遺体に組織的な解体とカニバリズムの痕跡があると結論づけた。 




    🪨 ただのバラバラ死体じゃなく、「食べるための傷」がある

    今回の研究では、人骨のかなりの割合に人工的な加工痕が見つかっている。
    論文では、分析対象の 67.9% に文化的改変があり、その多くが まっすぐで平行な深い切り傷 だとされる。しかも顕微鏡観察と比較実験から、これらは獣の歯や踏みつけ傷ではなく、人の道具による切断痕とみてよさそうだ。


    つまり、ここで起きていたのは
    「骨が偶然壊れた」
    ではなく、
    身体を順序立てて処理した行為
    らしい。



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    ↑確かにたくさん傷があるね!( ・Д・)(Marginedas et al. 2025, Fig.5より転載)


    🩸 脳まで届くように頭蓋骨が壊されていた

    この研究でいちばんインパクトが強いのはここ。

    頭頂骨や後頭骨には、

    • 頭皮をはぐための切り傷
    • 耳まわりやこめかみの肉を外す痕
    • 頭蓋骨を割るためのノッチや打撃痕

    が確認されている。

    論文では、こうした損傷は 脳を取り出すための頭蓋骨破壊 と結びつけられていて、保存用の“頭蓋杯”づくりとは違うパターンだとされる。

    要するにこれ、
    頭を壊したことそのものより、
    どう壊したか が問題なんだよね。

    そこに「脳へ到達する意図」が見える。



    🍖 長骨も割られていて、肉も髄も狙っていたっぽい

    頭だけじゃない。

    上腕骨や大腿骨、腓骨、橈骨なんかにも、筋肉を外したり関節を切り離したりする痕が見つかっている。
    さらに研究チームは、骨の破壊が 栄養価の高い部分を取り出す目的 を示すとしていて、大学の発表でも「栄養豊富な成分を抽出する意図に疑いはない」と説明している。

    つまり今回の話は、
    「死体を荒らした」
    だけではなく、
    肉・脳・骨髄のような高カロリー部位をちゃんと狙っている
    というところまで踏み込んでいる。



    ⚔️ でもそれは飢餓だったのか? そこが次の論点

    ここで気になるのは、
    「そんなに食べ物がなかったの?」
    ってことだよね。


    でも研究チームは、少なくとも単純な飢餓説明には慎重だ。
    この時期は気候改善と人口増加の時代で、大学発表でも 食糧不足が主因とは考えにくい とされている。論文でも、マグダレニアン期にはこうしたカニバリズムが断続的に見られ、資源をめぐる 集団間緊張や暴力 と関わる可能性が論じられている。


    だから今回のテーマにある
    「敵の脳を食べた」
    という表現は、完全な断定ではない。

    ただ、かなりそれに近い解釈が有力になっている、という感じだ。


    arukemaya_y546

    ↑脳みそだけじゃなく脚もいっとるやないかい!( ・Д・)(Marginedas et al. 2025, Fig.6より転載)


    🧾 「敵だったか」はまだ推定。でも“敬意ある埋葬”ではなさそう

    論文が強調しているのは、遺体が丁寧に葬られた形ではなく、食べられた動物の残骸と混ざっていた ことだ。
    こうした状況は、愛着や追悼を示す一次埋葬とはかなり違う。論文では、こうした混在状態は人類学的には エクソカニバリズム(外部集団の人を食べること)、つまり敵の非人間化と関係しうると述べている。報道でも「征服した rival への侮辱」や「戦争的カニバリズム」の可能性が紹介されている。

    ここが大事なんだよね。

    考古学では、
    人骨に傷がある = すぐ敵を食べた
    とは言えない。

    でも今回は、

    • 解体の仕方
    • 脳へのアクセス
    • 動物骨との混在
    • 丁寧な葬送らしさの乏しさ

    がそろっていて、
    かなり敵対的な文脈 が見えてくる。



    🧠 人を食べた、というより「相手を物体化した」感じが怖い

    あるけまや的に今回いちばん怖いのは、
    人を食べたこと自体より、
    人間の体を資源として処理している感じ なんだよね。

    頭は脳へ。
    四肢は筋肉へ。
    長骨は髄へ。

    そこには、死者への敬意より先に、
    解体の合理性がある。

    しかもそれが、ただの生存危機ではなく、
    集団間の緊張や勝敗と結びつくなら、
    これはかなり重い。

    食べることが栄養補給であると同時に、
    相手を徹底的に「人ではなくする」行為でもある

    そういう世界が、氷期末のヨーロッパにあったかもしれないわけだ。



    🏺 あるけまや的まとめ

    今回の話を雑に言うと、

    ポーランドの旧石器時代の洞窟で見つかった人骨には、
    頭皮剥離、肉はぎ、頭蓋骨破壊、長骨破砕といった
    かなり“食べる前提”っぽい処理 が見つかった。

    しかも、その対象は単なる身内の葬送ではなく、
    敵対集団を食べたエクソカニバリズム の可能性が高い。
    ただし、そこはまだ「かなり有力な解釈」であって、絶対確定ではない。


    でも、面白いよね。

    旧石器時代の人々って、つい
    芸術とか洞窟壁画とか、きれいな方向で語られがちじゃない?

    もちろんそれは本当。
    でもその一方で、人類はかなり早い時期から
    象徴も暴力も両方やる生き物 だったのかもしれない。


    洞窟の奥には、
    美だけじゃなくて、
    勝者の食卓まで残っていたのかもしれないのさ( ・Д・)




    なにはともあれ・・・・・・

    人喰ってるの縄文人じゃなくてお前らだろがい( ・Д・)

    ↑日本考古学やってると分かるネタ( -д-)ノ





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    2025ねん 11がつ 16にち(にちよーび、晴れ)

    締切明日だが間に合わん気持ちでいっぱい!( ・Д・)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    arukemaya_y345




    今回の考古学・歴史ニュースはあ~モーセの開いた海の道みたいなもんね!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    エーゲ海──今では美しい島々と青い波が広がる観光地として知られていますが、数万年前にはかつて陸続きだった場所があった、という驚きの研究成果が報じられました。西トルコ、アイワルク(Ayvalık)の海岸線沿いで、考古学者たちは 138点もの旧石器時代の石器 を発見。これらはかつて海面が低かった氷河期に、アナトリア(現在のトルコ)とヨーロッパ本土をつなぐ陸橋が存在したことを示すものです。もしこの発見が描く通りであれば、人類がヨーロッパ大陸に拡散したルートの通説を大きく書き換える可能性があります。




    🔍 氷河期に現れた、もう一つの人類の道

    氷河期には地球規模で水が凍結し、海水面が現在よりも 100 m以上も低かった と推定されています。その頃、現在は島や半島として点在しているアイワルク周辺の地形は、連続した陸地を形成し、人の移動を可能にしていたのです。この「陸橋仮説」は、アイワルクの新しい調査によって裏付けられつつあります。



    arukemaya_y349
    ↑これがどこなのか全然分らん地図も珍しい、元論文見ても分らんかた!( ・Д・)

    (Mazza et al. 2013: Fif.2より転載)

    arukemaya_y344
    ↑とりあえずエーゲ海はここ!( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)


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    ↑右側がトルコで左側がギリシャでヨーロッパなんだけど、エーゲ海の中で一番距離が短くて島が今でもあるのはこの辺りでない!?( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)



    🗿 海岸線で発見された、旧石器の証拠

    考古学チームはアイワルクの 10か所 にわたる調査地点で、138点の石器を収集しました。
    出土した道具の内訳は以下のように多様です:

    • ルヴァロワ(Levallois)方式 のナイフ状の破片 — 中石器〜旧石器時代で高度な技術を示唆。

    • ハンドアックス(手斧)クリーバー(割る道具) などの大型石器。

    • 原材料として 燧石(フリント)カルセドニー (玉髄)を利用した石器が含まれ、地元資源の活用も示唆される。

    これらの道具は、ネアンデルタール人やホモ・サピエンスの活動と結び付けられる典型的な旧石器遺物であり、単なる通過点というより 居住や長期利用の痕跡 を示す可能性があります。



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    ↑海の中、調べてるわけじゃないのね。このレキ群の中から拾うのね!( ・Д・)
    (「Popular Science」の記事内画像より転載;Credit: Kadriye, Göknur, and Hande)



    🌐 新たな人類拡散モデルへの挑戦

    従来、ヨーロッパへの人類進出は、バルカン半島やレヴァント(中東)経由が中心的なルートと考えられてきました。しかしこのアイワルク陸橋仮説が正しければ、 エーゲ海を横断する別ルート が古代から機能していた可能性が出てきます。研究者たちは、単なる移動経路ではなく「技術と文化の交差点」として、この地域の重要性を指摘しています。




    🌿 地形の復元と生活の場としての陸橋

    古地理学的解析によれば、かつてのアイワルク地域は島々ではなく 内部陸地をもつ大きな平原 だった可能性があります。これは単なる通過地ではなく、 定住や道具づくりが行われた「暮らしの場」 であった可能性を示唆しており、研究チームはこの場所を移動経路以上の意味を持つ「ハビタット(生息地)」とみなしています。さらに、原材料の採集地点と道具製作地点の地理的な関係から、石器技術がローカルな資源を反映していたことも読み取れます。




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    ↑この石材は割り方が分かり易いね!( ・Д・)

    (Karahan et al. 2025より転載)




    👩‍🔬 女性研究者チームとその情熱

    この発見を主導した調査チームは 完全女性メンバー という点でも注目を浴びています。Hacettepe大学の Göknur Karahan 博士らは、アイワルク地域の未踏性に挑み、小さな海岸沿いの草地や池などを丹念に調べました。彼女たちは発見した石器を手にした瞬間を「感動的で忘れられない」と語っており、これまで見過ごされてきた古代世界の扉を開いた喜びが伝わってきます。




    📈 今後の考古学・地質学へのインパクト

    • 人類史の教科書を書き換える可能性:これまで主流だった移動モデルとは異なるルートが、学術議論を再構築するターニングポイントとなりうる。

    • 水没地形の再評価:今後、沈んだ沿岸地形に対する地形復元や海底考古学の重要性がより認識される。

    • 技術伝播の新視点:レヴァロワ石器が示す技術共有や地域間交流の経路について、新たな比較研究が期待される。

    • 多分野協働のモデル:考古学・地質学・古地理学が融合するパイオニア的な研究アプローチとして注目される。



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    ↑こう見ると島近いんだよな、いったいどこなんだ!( ・Д・)
    (「Popular Science」の記事内画像より転載;Credit: Kadriye, Göknur, and Hande)

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    ↑地域名で調べたらまさかのここ?( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)



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    ↑いやそりゃ隣のレスボス島までは近いけども・・・!( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)





    おわりに

    今回の発見は面白いんだけど、タイトルからしてまた水中考古学かぁ。流行ってるなぁと思ったけど、全員女性メンバーだから水着かぁとか思ったけど、海の中調べたわけじゃないみたいですね。そして場所が全然分からなくて、あんなに不親切な図面久々に見たわ。1970年代の図面を修正したらしいんだけど、全体図入れないのね。きっとトルコやヨーロッパの人々にとっては当たり前の図面なんだろうな。

    で、最後に調べた地図を上に載せたけども、、、どこに陸橋あったのだろう。広大な平野だった可能性もあるって言ってるから、確かにこのアイワクから直線的にギリシャを繋ごうとするとエーゲ海ほとんど陸地になる気がするよね。それはもう橋じゃないよ!考古学者なんだから橋の定義を考えろよ!記事用で注目集めるための言葉選びなんだろうけどさ!( ・Д・)





    何はともあれ、、、

    そういえばロシアから北海道まで泳いで逃げてきた人いたね!( ・Д・)







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    2024ねん 6がつ 17にち(げつよーび、これから大雨)

    喘息で死亡ちゅうヽ(TдT)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは行方不明の化石人骨が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    行方不明と言っても「盗難」とかじゃないんです。

    ただの遺物の管理の問題( -д-)ノ



    今から55年前に鳥取県堺港市で「夜見ケ浜人」と命名された化石人骨が見つかりました。

    部位は女性の下顎骨で、時期は後期旧石器時代に相当する約2~5万年前のものと判定されていました。




    ただ50年以上前の話なので時期判定が正しいかは不明です。

    当時から検出された状況を鑑みて縄文時代の骨かも知れないとする説があったのです。

    そのため今回早稲田大学で再発見されたこの夜見ケ浜人の人骨は再分析される予定になっているそうです。




    ちなみに下に挙げた写真が明石原人の骨です。

    こちらも時期が分かっておらず、困った存在なのですが、第二次世界大戦の際に失われており、永遠のミステリーとなっています( ・Д・)



    arukemaya108
    ↑明石原人の骨の写真( ・Д・)(「明石原人まつり実行委員会」の画像より転載)





    おわりに

    「遺物の管理の問題」とは書きましたが、多くの大学や埋蔵文化財関連施設では遺物が溢れていますから、こうした問題はよくあることのような気もします。

    むしろ保管状況が悪くて失われてしまうケースもいくつか聞いています( ̄▽ ̄;)!!ガーン



    ……私のプロジェクトの遺物は、ティカル国立公園で大事に保管されているので特別問題はなさそうですが、

    それでも継続的に発掘を行っているため、そろそろ総遺物量が凄いことになって、倉庫が溢れかえることになりそうです( ・Д・)

    誰か倉庫新しく造るお金をちょーだい!ヽ(TдT)ノ



    何はともあれ、

    この顎、残りいいね!( ・Д・)



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    2024ねん 5がつ 17にち(きんよーび、晴れ)

    なんとかダブルワークで研究頑張ってる(*・ω・)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは「沖縄県で最古の人類の痕跡、火焚いてたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台は沖縄県、宜野湾市の普天満宮洞穴(ふてんまぐうどうけつ)遺跡です。

    琉球列島の歴史は日本とはやはり異なるのですが、少なくとも3万2000年前には人類が住んでいたことが分かっています。



    今回は3万1000年前の炉跡が発見されたということです。



    arukemaya072


    炉というと一般的には江戸時代の囲炉裏のようなものをイメージするかも知れません。

    土器などを固定するための三石炉(さんせきろ)の発生は古く、そちらをイメージする方もいるかも知れません。

    単純に適当なサイズの石を三つ拾ってきて、組むだけの簡素なものです。

    3つなので自然と安定するのです。

    この三石炉は現在でも使用されていますし、サバイバルテクニックとして知られているかもしれません。




    しかしながら、考古学における、特に古代の炉というのは基本的に上の写真のようなものです。

    そうです、特に何もありません。

    あるのは焦土(しょうど)、つまり焼けた土なのです。

    今回の発見では同じ箇所を炉として長く使用していたようで、恐らくは周りにあったレキ(石のこと)も焼けてますし、たくさんの灰が固まっている様子が分かります。






    写真の上にある灰色コンテナに入っているものが、焦土や灰の塊です。

    下にあるものは左の4点が沖縄県の旧石器時代、約3万1000年前の石器で、右の2点が人間の頭蓋骨(とうがいこつ)の一部です。





    おわりに

    今回の発見は沖縄県、最古級の炉跡ということで、多量の灰が検出されています。

    この灰を分析することで、当時の人々がどのようなものを食べていたのかが分かる可能性があります。

    またヒトの頭蓋骨の分析により、すでに見つかっている他の旧石器時代の人骨との関係性が明らかになるかも知れません。

    今回は発見に関する速報ですから、続報に期待ですね!ヾ(´ω`=´ω`)ノ



    何はともあれ、

    何食べてたかは気になるね!( ・Д・)



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    2020ねん 5がつ 31にち(にちよーび、晴れ)

    もう月末だ( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは「調査でよく出る丸い石の使い方が分かったよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台はイスラエルのケセム洞窟です。


    いつも「歩けマヤ」で書いてる記事は論文からもってくることは少なく、類似の記事を参考にしています。

    まぁ参考にしておいてなんですけど、

    「今まで分からなかった~~~が、どこどこのチームによって明らかになった!」

    て、大体めちゃ褒めて書いてます。

    まぁアピールしたいですもんね、その方が面白そうですもんね……



    でも、


    実際、すでに分かってましたよ( ・Д・)



    しかもずっと前から。



    記事として皆様の目に留まったのが最近ってだけで( ・Д・)



    とは言っても、今回のお話は本当に『考古学らしい考古学』ですよ。

    1960年代以降の考古学らしいって感じです。

    現在の日本考古学ではまだ100年前くらいの考古学を未だに引きずってるナラティブのみの大御所(という名の老害)でまだまだ満ちてますから、こういったニュースは皆様に目新しく感じるかも知れませんが、実際はそんなことないです。

    今回のこれ、現代考古学のスタンダードですよ( ・Д・)



    さて、今回の舞台であるケセム洞窟では29個の丸い石が出土しているそうです。

    化石人骨等の分析から20~40万年前のものと考えられているそうです。

    ちょうど新人が出現するかな~くらいの時期でしょうか。

    これらの丸い石は、当該地域でよくみられる石灰岩またはドロマイト製で、直径が8~9センチほどの大きさだそうです。

    研究チームはこの丸い石の10個を使い、デジタル顕微鏡と金属顕微鏡で詳細に観察したところ、その球体には動物の骨を構成する海綿骨やコラーゲン繊維、動物の脂質などが付着していました。

    こうした石器を顕微鏡観察して使用痕を検出する研究(上に挙げた写真を参照)は、現代考古学では最早定番です。



    でも……コラーゲン繊維とか残ってるものなんですね~。

    まぁ化石人骨が残る環境だからかなΣ(・ω・ノ)ノ

    この手の記事で専門である私が一番驚くのは、やはり「よく残ってんな~」ってとこですね(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

     




    まぁようは丸い石といってもゴツゴツしてて、尖った部分に残滓がめちゃ付着してたことが分かったよということです。


    だから試しに「丸いゴツゴツした石で骨をゴリゴリしてみた!」ってことですね。


    上に挙げた写真がそれで、所謂『実験考古学』です。


    実際にやってみて、類似の痕跡が残るかどうかを確認するわけですね。


    このように顕微鏡観察による使用痕分析と、実験後の痕跡の比較がセットになって実験考古学なのです。


    arukemaya883
    ↑発掘の様子(「大手前大学、考古学専攻」の紹介写真を転載)


    おわりに

    結論として、ケセム洞窟に暮らしていた古代人は動物の骨髄を大切な栄養源として摂取していたそうです。

    骨髄は栄養価が高いのですが、古代人が骨髄食をしていたのは(考古学者としては)常識です。

    別に新しいことではありません。

    研究の方法論も、対象も、結論もフツーです。

    フツー過ぎて、私はこの記事見ても何も感じませんでした。


    「ふーん・・・それで?」って感じです( ・Д・)


    あまりにも誇張して記事書く人が多いものだから、今回面白くなって批判的に書きましたけど、、、



    考古学ってこういうものですよってことが伝わればいいなと思います。

    意外とうちら頑張ってんだぜ!ってことですよ(*^・ェ・)ノ

    なのに世間はよく知らないんだなって、やはり研究成果の公開が重要だなと感じました( -д-)ノ



    上に挙げたように考古学のイメージって、インディ・ジョーンズみたいな探検家でなければ、こうした『発掘調査』をして土器とかを発見してる学問ですよね。


    でも考古学は「発掘調査」「ラボ作業」の二つが基本的なセットです。

    これに論文を書く際には、先行研究や報告書等の文献の読み込みが追加されるわけで、考古学研究には色々な側面があるのです。


    今回の話はどれかというと、主に「ラボ作業」に分類されるのかな?

    イメージないでしょうが、考古学者って意外と研究室に立てこもるものなんですよ( -д-)ノ



    ……最後に、都合上「フツーだ、フツーだ」と馬鹿にしましたが、


    考古学成果はこうした地道な分析と検証を積み重ねた結果としてあるので、とても重要な事例研究ですからねっ!( ・Д・)

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