あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    旧石器時代

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    2025ねん 11がつ 16にち(にちよーび、晴れ)

    締切明日だが間に合わん気持ちでいっぱい!( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースはあ~モーセの開いた海の道みたいなもんね!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



    📰はじめに

    エーゲ海──今では美しい島々と青い波が広がる観光地として知られていますが、数万年前にはかつて陸続きだった場所があった、という驚きの研究成果が報じられました。西トルコ、アイワルク(Ayvalık)の海岸線沿いで、考古学者たちは 138点もの旧石器時代の石器 を発見。これらはかつて海面が低かった氷河期に、アナトリア(現在のトルコ)とヨーロッパ本土をつなぐ陸橋が存在したことを示すものです。もしこの発見が描く通りであれば、人類がヨーロッパ大陸に拡散したルートの通説を大きく書き換える可能性があります。




    🔍 氷河期に現れた、もう一つの人類の道

    氷河期には地球規模で水が凍結し、海水面が現在よりも 100 m以上も低かった と推定されています。その頃、現在は島や半島として点在しているアイワルク周辺の地形は、連続した陸地を形成し、人の移動を可能にしていたのです。この「陸橋仮説」は、アイワルクの新しい調査によって裏付けられつつあります。



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    ↑これがどこなのか全然分らん地図も珍しい、元論文見ても分らんかた!( ・Д・)

    (Mazza et al. 2013: Fif.2より転載)

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    ↑とりあえずエーゲ海はここ!( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)


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    ↑右側がトルコで左側がギリシャでヨーロッパなんだけど、エーゲ海の中で一番距離が短くて島が今でもあるのはこの辺りでない!?( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)



    🗿 海岸線で発見された、旧石器の証拠

    考古学チームはアイワルクの 10か所 にわたる調査地点で、138点の石器を収集しました。
    出土した道具の内訳は以下のように多様です:

    • ルヴァロワ(Levallois)方式 のナイフ状の破片 — 中石器〜旧石器時代で高度な技術を示唆。

    • ハンドアックス(手斧)クリーバー(割る道具) などの大型石器。

    • 原材料として 燧石(フリント)カルセドニー (玉髄)を利用した石器が含まれ、地元資源の活用も示唆される。

    これらの道具は、ネアンデルタール人やホモ・サピエンスの活動と結び付けられる典型的な旧石器遺物であり、単なる通過点というより 居住や長期利用の痕跡 を示す可能性があります。



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    ↑海の中、調べてるわけじゃないのね。このレキ群の中から拾うのね!( ・Д・)
    (「Popular Science」の記事内画像より転載;Credit: Kadriye, Göknur, and Hande)



    🌐 新たな人類拡散モデルへの挑戦

    従来、ヨーロッパへの人類進出は、バルカン半島やレヴァント(中東)経由が中心的なルートと考えられてきました。しかしこのアイワルク陸橋仮説が正しければ、 エーゲ海を横断する別ルート が古代から機能していた可能性が出てきます。研究者たちは、単なる移動経路ではなく「技術と文化の交差点」として、この地域の重要性を指摘しています。




    🌿 地形の復元と生活の場としての陸橋

    古地理学的解析によれば、かつてのアイワルク地域は島々ではなく 内部陸地をもつ大きな平原 だった可能性があります。これは単なる通過地ではなく、 定住や道具づくりが行われた「暮らしの場」 であった可能性を示唆しており、研究チームはこの場所を移動経路以上の意味を持つ「ハビタット(生息地)」とみなしています。さらに、原材料の採集地点と道具製作地点の地理的な関係から、石器技術がローカルな資源を反映していたことも読み取れます。




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    ↑この石材は割り方が分かり易いね!( ・Д・)

    (Karahan et al. 2025より転載)




    👩‍🔬 女性研究者チームとその情熱

    この発見を主導した調査チームは 完全女性メンバー という点でも注目を浴びています。Hacettepe大学の Göknur Karahan 博士らは、アイワルク地域の未踏性に挑み、小さな海岸沿いの草地や池などを丹念に調べました。彼女たちは発見した石器を手にした瞬間を「感動的で忘れられない」と語っており、これまで見過ごされてきた古代世界の扉を開いた喜びが伝わってきます。




    📈 今後の考古学・地質学へのインパクト

    • 人類史の教科書を書き換える可能性:これまで主流だった移動モデルとは異なるルートが、学術議論を再構築するターニングポイントとなりうる。

    • 水没地形の再評価:今後、沈んだ沿岸地形に対する地形復元や海底考古学の重要性がより認識される。

    • 技術伝播の新視点:レヴァロワ石器が示す技術共有や地域間交流の経路について、新たな比較研究が期待される。

    • 多分野協働のモデル:考古学・地質学・古地理学が融合するパイオニア的な研究アプローチとして注目される。



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    ↑こう見ると島近いんだよな、いったいどこなんだ!( ・Д・)
    (「Popular Science」の記事内画像より転載;Credit: Kadriye, Göknur, and Hande)

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    ↑地域名で調べたらまさかのここ?( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)



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    ↑いやそりゃ隣のレスボス島までは近いけども・・・!( ・Д・)

    (「Google Map」の画像より一部加工)





    おわりに

    今回の発見は面白いんだけど、タイトルからしてまた水中考古学かぁ。流行ってるなぁと思ったけど、全員女性メンバーだから水着かぁとか思ったけど、海の中調べたわけじゃないみたいですね。そして場所が全然分からなくて、あんなに不親切な図面久々に見たわ。1970年代の図面を修正したらしいんだけど、全体図入れないのね。きっとトルコやヨーロッパの人々にとっては当たり前の図面なんだろうな。

    で、最後に調べた地図を上に載せたけども、、、どこに陸橋あったのだろう。広大な平野だった可能性もあるって言ってるから、確かにこのアイワクから直線的にギリシャを繋ごうとするとエーゲ海ほとんど陸地になる気がするよね。それはもう橋じゃないよ!考古学者なんだから橋の定義を考えろよ!記事用で注目集めるための言葉選びなんだろうけどさ!( ・Д・)





    何はともあれ、、、

    そういえばロシアから北海道まで泳いで逃げてきた人いたね!( ・Д・)







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    2024ねん 6がつ 17にち(げつよーび、これから大雨)

    喘息で死亡ちゅうヽ(TдT)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは行方不明の化石人骨が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    行方不明と言っても「盗難」とかじゃないんです。

    ただの遺物の管理の問題( -д-)ノ



    今から55年前に鳥取県堺港市で「夜見ケ浜人」と命名された化石人骨が見つかりました。

    部位は女性の下顎骨で、時期は後期旧石器時代に相当する約2~5万年前のものと判定されていました。




    ただ50年以上前の話なので時期判定が正しいかは不明です。

    当時から検出された状況を鑑みて縄文時代の骨かも知れないとする説があったのです。

    そのため今回早稲田大学で再発見されたこの夜見ケ浜人の人骨は再分析される予定になっているそうです。




    ちなみに下に挙げた写真が明石原人の骨です。

    こちらも時期が分かっておらず、困った存在なのですが、第二次世界大戦の際に失われており、永遠のミステリーとなっています( ・Д・)



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    ↑明石原人の骨の写真( ・Д・)(「明石原人まつり実行委員会」の画像より転載)





    おわりに

    「遺物の管理の問題」とは書きましたが、多くの大学や埋蔵文化財関連施設では遺物が溢れていますから、こうした問題はよくあることのような気もします。

    むしろ保管状況が悪くて失われてしまうケースもいくつか聞いています( ̄▽ ̄;)!!ガーン



    ……私のプロジェクトの遺物は、ティカル国立公園で大事に保管されているので特別問題はなさそうですが、

    それでも継続的に発掘を行っているため、そろそろ総遺物量が凄いことになって、倉庫が溢れかえることになりそうです( ・Д・)

    誰か倉庫新しく造るお金をちょーだい!ヽ(TдT)ノ



    何はともあれ、

    この顎、残りいいね!( ・Д・)



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    なんとかダブルワークで研究頑張ってる(*・ω・)ノ

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    今回の考古学・歴史ニュースは「沖縄県で最古の人類の痕跡、火焚いてたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台は沖縄県、宜野湾市の普天満宮洞穴(ふてんまぐうどうけつ)遺跡です。

    琉球列島の歴史は日本とはやはり異なるのですが、少なくとも3万2000年前には人類が住んでいたことが分かっています。



    今回は3万1000年前の炉跡が発見されたということです。



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    炉というと一般的には江戸時代の囲炉裏のようなものをイメージするかも知れません。

    土器などを固定するための三石炉(さんせきろ)の発生は古く、そちらをイメージする方もいるかも知れません。

    単純に適当なサイズの石を三つ拾ってきて、組むだけの簡素なものです。

    3つなので自然と安定するのです。

    この三石炉は現在でも使用されていますし、サバイバルテクニックとして知られているかもしれません。




    しかしながら、考古学における、特に古代の炉というのは基本的に上の写真のようなものです。

    そうです、特に何もありません。

    あるのは焦土(しょうど)、つまり焼けた土なのです。

    今回の発見では同じ箇所を炉として長く使用していたようで、恐らくは周りにあったレキ(石のこと)も焼けてますし、たくさんの灰が固まっている様子が分かります。






    写真の上にある灰色コンテナに入っているものが、焦土や灰の塊です。

    下にあるものは左の4点が沖縄県の旧石器時代、約3万1000年前の石器で、右の2点が人間の頭蓋骨(とうがいこつ)の一部です。





    おわりに

    今回の発見は沖縄県、最古級の炉跡ということで、多量の灰が検出されています。

    この灰を分析することで、当時の人々がどのようなものを食べていたのかが分かる可能性があります。

    またヒトの頭蓋骨の分析により、すでに見つかっている他の旧石器時代の人骨との関係性が明らかになるかも知れません。

    今回は発見に関する速報ですから、続報に期待ですね!ヾ(´ω`=´ω`)ノ



    何はともあれ、

    何食べてたかは気になるね!( ・Д・)



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    もう月末だ( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは「調査でよく出る丸い石の使い方が分かったよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


    今回の舞台はイスラエルのケセム洞窟です。


    いつも「歩けマヤ」で書いてる記事は論文からもってくることは少なく、類似の記事を参考にしています。

    まぁ参考にしておいてなんですけど、

    「今まで分からなかった~~~が、どこどこのチームによって明らかになった!」

    て、大体めちゃ褒めて書いてます。

    まぁアピールしたいですもんね、その方が面白そうですもんね……



    でも、


    実際、すでに分かってましたよ( ・Д・)



    しかもずっと前から。



    記事として皆様の目に留まったのが最近ってだけで( ・Д・)



    とは言っても、今回のお話は本当に『考古学らしい考古学』ですよ。

    1960年代以降の考古学らしいって感じです。

    現在の日本考古学ではまだ100年前くらいの考古学を未だに引きずってるナラティブのみの大御所(という名の老害)でまだまだ満ちてますから、こういったニュースは皆様に目新しく感じるかも知れませんが、実際はそんなことないです。

    今回のこれ、現代考古学のスタンダードですよ( ・Д・)



    さて、今回の舞台であるケセム洞窟では29個の丸い石が出土しているそうです。

    化石人骨等の分析から20~40万年前のものと考えられているそうです。

    ちょうど新人が出現するかな~くらいの時期でしょうか。

    これらの丸い石は、当該地域でよくみられる石灰岩またはドロマイト製で、直径が8~9センチほどの大きさだそうです。

    研究チームはこの丸い石の10個を使い、デジタル顕微鏡と金属顕微鏡で詳細に観察したところ、その球体には動物の骨を構成する海綿骨やコラーゲン繊維、動物の脂質などが付着していました。

    こうした石器を顕微鏡観察して使用痕を検出する研究(上に挙げた写真を参照)は、現代考古学では最早定番です。



    でも……コラーゲン繊維とか残ってるものなんですね~。

    まぁ化石人骨が残る環境だからかなΣ(・ω・ノ)ノ

    この手の記事で専門である私が一番驚くのは、やはり「よく残ってんな~」ってとこですね(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

     




    まぁようは丸い石といってもゴツゴツしてて、尖った部分に残滓がめちゃ付着してたことが分かったよということです。


    だから試しに「丸いゴツゴツした石で骨をゴリゴリしてみた!」ってことですね。


    上に挙げた写真がそれで、所謂『実験考古学』です。


    実際にやってみて、類似の痕跡が残るかどうかを確認するわけですね。


    このように顕微鏡観察による使用痕分析と、実験後の痕跡の比較がセットになって実験考古学なのです。


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    ↑発掘の様子(「大手前大学、考古学専攻」の紹介写真を転載)


    おわりに

    結論として、ケセム洞窟に暮らしていた古代人は動物の骨髄を大切な栄養源として摂取していたそうです。

    骨髄は栄養価が高いのですが、古代人が骨髄食をしていたのは(考古学者としては)常識です。

    別に新しいことではありません。

    研究の方法論も、対象も、結論もフツーです。

    フツー過ぎて、私はこの記事見ても何も感じませんでした。


    「ふーん・・・それで?」って感じです( ・Д・)


    あまりにも誇張して記事書く人が多いものだから、今回面白くなって批判的に書きましたけど、、、



    考古学ってこういうものですよってことが伝わればいいなと思います。

    意外とうちら頑張ってんだぜ!ってことですよ(*^・ェ・)ノ

    なのに世間はよく知らないんだなって、やはり研究成果の公開が重要だなと感じました( -д-)ノ



    上に挙げたように考古学のイメージって、インディ・ジョーンズみたいな探検家でなければ、こうした『発掘調査』をして土器とかを発見してる学問ですよね。


    でも考古学は「発掘調査」「ラボ作業」の二つが基本的なセットです。

    これに論文を書く際には、先行研究や報告書等の文献の読み込みが追加されるわけで、考古学研究には色々な側面があるのです。


    今回の話はどれかというと、主に「ラボ作業」に分類されるのかな?

    イメージないでしょうが、考古学者って意外と研究室に立てこもるものなんですよ( -д-)ノ



    ……最後に、都合上「フツーだ、フツーだ」と馬鹿にしましたが、


    考古学成果はこうした地道な分析と検証を積み重ねた結果としてあるので、とても重要な事例研究ですからねっ!( ・Д・)

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