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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

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2021ねん 4がつ 23にち(きんよーび、晴れ)

毎日TKG食べてる(*^・ェ・)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースはどーきーを探せ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は埼玉県、北本市のデーノタメ遺跡です。

普段、記事とか考古学情報調べてたら、考古学の専門が撮っている記録用あるいはスナップ写真か、遺跡説明会時の写真ばかりなのです。

当たり前なのですが( ・Д・)

でも今回の記事を調べてたら、出土してから間もない写真を見つけたので「ドーキーを探せ!」を開催することにしました。

今後もそのような写真を見つけたらやります(*・ω・)ノ

あと調査時にそういう状況になったら意識的に撮影しますv( ̄∇ ̄)v

さて、問題は以下の2問!

ドーキー(土器)はどこか分かりますか?

答え合わせは「おわりに」で!


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記録用の写真を撮る時には「クリーニング」といって、壁を垂直に立てたり(垂直になるように壁面を削るの意味)、落ち葉拾ったり、細かな根を切ったりします。

その際にレキ(石のこと)や土器などの遺物も分かりやすくきっちりとその形状が分かるようにします。

そうこうしてると、けっこう乾くんです。

乾き過ぎると困るので水を撒いたりします。

丁度良い状態でも、土器などの遺物と土は乾く速度が異なるので遺物はやはりはっきりと分かります。

でも問題として上に挙げた写真の土器はまだ十分に湿っていて、ちょっと分かりにくい状態です。

上の発掘現場の写真を見て分かるように、この現場はそもそも水分を多く含む土壌だからこそ、こういった問題になるような写真が撮れたのですね(*・ω・)ノ

考古学あるあるですが、発掘調査未経験だと土器や石器などの遺物が土から出ても分からないことが多く、経験を積むと簡単に判別できるようになります。

・・・「ドーキーを探せ」、流行ればいいのに( -д-)ノ



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このデータノメ遺跡は関東最大の環状集落です。

でも、ここまでに調査現場の写真を2枚挙げましたが、”環状集落”感がないですよね( -д-)ノ

なので遺跡全体の模式図を表示しました。

この遺跡は縄文時代における3つの環状集落が残っている遺跡であることが分かります。

また上に挙げたように貴重な遺物も出ています。

そのため北本市はこのデータノメ遺跡を国指定史跡として保存・活用しようと尽力しているそうです。

どのような史跡になって、どのように活用していくのか、今後が楽しみな遺跡です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




おわりに ~情報と流行の伝播の仕方&解答~

ヒトに限らず動物にとって水は生きていく上で不可欠です。

なので人類が集落や都市を築く場所は水辺であることが多いのです。

時期にもよるのですが、上に挙げた地図のように河川沿いに集落がいくつも発達する傾向があります。

一方で海岸沿いにも集落が発達します。

漁業は生業として重要ですし、塩も得ることができますから。

なので、河川に沿って上流~下流・海岸間では古くから交流があったことが分かっています。

製塩するにも大量の燃料用の木材が必要ですから、上流の山間部に住む人々が運んだと考えられています。

だから、河川に沿って上下に集落間関係が構築されるのは分かるんだけど、「横方向」にはどうやって情報や流行が伝わるのだろう?って時折疑問に思います。

古代の情報や流行の伝播の方法について明らかにできれば面白そうですよね?(*・ω・)ノ



・・・さて、最後に解答です。

問1の答えは左にあるのが土器!

右にあるのは縄文のような文様にも見えるけども、クルミです!(*^・ェ・)ノ

問2はたくさんのクルミが出土している状況ですが、、、

ちょっと怪しいなって思う小破片が2点ほどありますが、まぁとりあえず下部の赤っぽいやつは土器の口縁部だと思います(*^・ェ・)ノ


分かりました?



ところで、ねぇ、、、

・・・縄文ってクルミの文様でない!?( ・Д・)


↑歩けマヤ管理人(2021.4.24)(・∀・)つ


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2021ねん 4がつ 19にち(げつよーび、晴れ)

毎日少しずつだが、着実に仕事が進んでいく感じも悪くない(*^・ェ・)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは「法面工事の時に色々と重要なものが見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は富山県、富山市、番神山横穴墓群です。

この番神山(ばんじんやま)横穴墓群は呉羽丘陵に位置し、これまでに15基の横穴墓が発見されています。


・・・ところで記事タイトルにある「法面工事」って読めました?

普通に「ほうめん」かと思いきや、正しくは「のりめん」でした( -д-)ノ


”法面(のりめん)”とは、

 ”切土や盛土により作られる人工的な斜面のことです。 道路建設や宅地造成などに伴い、地山掘削、盛土などによりのり面が形成されます。 こののり面の斜面崩壊や地すべりなど土砂災害の拡大防止を目的として施工する工事のり面工事です。”


ということで、最初に挙げた写真が法面と法面工事の施工後の状態を示したものになります。

うん、ドライブしてるとよく見るやつね!(*^・ェ・)ノ

「落石注意!」って標識に書いてるけど、なにをどう注意したらいいか分からないやつね!( ・Д・)


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上に挙げた写真がテレビニュースの動画からもってきたものになります。

画像は粗いので、是非、上のリンクから元のニュース動画を見てみてください(*・ω・)ノ

さて、法面といっても再工事とかではなくて、本当に今にも土砂崩れしそうなポイントなのだなと驚きましたΣ(・ω・ノ)ノ

先にも述べたように番神山横穴墓群ではこれまでに15基の横穴墓が見つかっていて、今回の2基を加えて17基となりました。

ちなみに番神山には2基の古墳もあるそうです(。・ω・)ノ゙

今回の出土遺物としては完形の須恵器2点と土師器1点、そして馬具の轡(クツワ)が出土しています。

この見つかった馬具がレアな発見で、県内でこれまで見つかっている約360基もの横穴墓の中で副葬品として馬具が共伴する事例は今回で3例目なのです。

また今回の横穴墓は玄室部(埋葬部)の長軸が3mと北陸最大級であることも大きな特徴です!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


今回のお墓の副葬品は立派ですし、有力者の墓だと分かります。

有力者の数は限られているとはいえ、古墳時代の横穴墓群として全部で17基って少し少ない気もしませんか?

全国に横穴墓群があるのですが、100基~300基級の遺跡もけっこうありますし、福岡の竹並遺跡なんて1000基もあるのです。

この番神山横穴墓群の場合は、一つの横穴墓の玄室から複数体の人骨が見つかっていて、それぞれの横穴墓が再利用されていたことが分かっています。

それが家族なのかどうかは分かりませんが、まぁ恐らくは少なくとも有力な家系の親族関係者でしょう。

過去の調査では人骨も出ているわけですから、保存状態にもよりますがDNA分析とかできるといいですねヾ(´ω`=´ω`)ノ




おわりに

番神山横穴墓群を調べてみたところ、報告書はさすがにありましたが、、、

遺跡の写真が出てこない。

出てきたのは上に挙げた写真だけ( ・Д・)

どうやら史跡整備はされていないようですね。

まぁ法面工事で墓出すくらいだからそんなもんか( -д-)ノ


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↑山が半裁されていますね(富山市埋蔵文化財調査報告書102 2020の巻頭図版〇三より転載)

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↑陶芸館とか考古資料館のために山を掘削してますね(富山市埋蔵文化財調査報告書102 2020の第1図を一部改変)


報告書に当ってみたら少し写真と図が見つかりました。

南西から北東にかけて古墳が並んでて、そのおおよそ中間部に番神山横穴墓群があるのですね。

そして道路のためではなくて、建造物建設のために山を掘削したようですね。

今回のは珍しい発見ですし、予定されている出土資料の博物館展示だけではなく、是非何らかの遺跡保存をして欲しいなと思います。

考古資料館がこんなに近くにあるのだから、是非、周りの古墳も含めて史跡化して欲しいものです。

そしたら富山に行く理由ができる!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 12にち(かよーび、くもり)

最近、考古学ネタに尽きないなぁと思う、記事書く時間は限られているが(*^・ェ・)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースは「パン屋も土器屋もガラス屋も残っている3400年前の都市が見つかったよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台はエジプト、ルクソールです。

ルクソールはエジプト南部に位置していて、古代エジプトの都であるテーベがあった場所です。

なのでルクソールには観光スポットとしても名高い多くの遺跡が残っています。

例えばツタンカーメンの墓で知られる王家の谷とか、カルナック神殿、ルクソール神殿などです(*・ω・)ノ

そんなルクソールで、またもや大発見がありました。

約3400年前の都市の跡が新たに見つかったのですΣ(・ω・ノ)ノ


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上に挙げた写真が今回、新たに見つかった都市遺構です。

砂によって綺麗に埋もれていたようで、保存状態が非常に良好です。

住居等の建造物の壁面がしっかり残っていますし、右手に蛇行する壁が特に綺麗に残っていますね(*・ω・)ノ

この写真ではあまり広く見えないかもしれませんが、発掘調査自体がまだまだ始まったばかりなので、試掘の段階で都市遺構の広がりがこれまでの古代エジプトの都市遺構の中で最大級であると予測されています。

調査が済めば古代エジプトにおける「最大規模」の都市遺構としてまたニュースになりそうな予感です(*・ω・)ノ


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先ほどの上方から撮った写真だと遺跡の広がりは分かるものの、壁の残り具合が判然としません。

一方でこのアングルの写真だと、建造物の壁がしっかりと残っていることが確認できます。

一部、3mにも及ぶ高い壁が残っているそうですΣ(・ω・ノ)ノ

これだけしっかり残っていると、レンガの組み方も分かりますし、接着に使っている材料も特定できてしまいますね(*^・ェ・)ノ

このレンガは泥煉瓦と記述されていて、恐らくは日干し煉瓦のようで、私たちのよく知っている焼成煉瓦ではないようです(ちなみに現代の焼成煉瓦は粘土に30%の砂を混和した後に高温焼成して作っています)。

砂に埋もれている間はそのまま保存されますが、このように露出してしまうと、砂嵐でなくとも日常の風と砂埃で十分に風化してしまいます。

なのでいかに保存するかが重要になります。

また観光客のいたずら書き、といっても『壁面を削って書く行為』は残念ながら世界的によく見られます( ・Д・)

そういった問題もカバーできるならば、近い将来、この都市遺構は新たな一大観光スポットとなるでしょう!(*^・ェ・)ノ


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上に挙げた写真に見られるようなヒエログリフ(神聖文字;古代エジプトの象形文字)の解読結果によって時期が特定されています。

今から約3400年前なので、古代エジプト新王国の最盛期頃、有名なアメンホテプ3世やツタンカーメンが統治していた頃の都市遺構なのです。

この都市遺構からは、パン作りの工房や、ガラス製品の工房、陶器作りの工房が発見されています。

それらの写真は残念ながらありませんが、恐らく上に挙げた写真のような良好な保存状態の遺物と遺構によって特定できたのでしょう。

あるいはヒエログリフが決め手かも知れませんね。

これについては続報を待ちたいところです( -д-)ノ




おわりに ~日本の文化財活用の課題~

やはりエジプトはモノが残っていいな~って思いますね。

古代マヤ文明も何でもかんでも無くなってしまいがちですが、少なくとも石造建築文化なので、ピラミッドとか目を見張るモノが残っています。

一方で日本は酸性土壌なので、やはり骨やらなにやら無くなりがちですし、木造建築文化なので現存しているものを除けば、考古学的発見として目立つものが少ないな~と感じてしまいます。

しかしながら日本は河川が多いので、木製品などのレアな貴重な遺物もけっこうあるのです。

古代人の脳みそとか、古代のクワガタとか色々と当サイトの記事でも紹介しましたよね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

なので、日本における文化財保護と活用は、エジプトのそれとは全く違う方向で考えていかねばなりません。

・・・かと言って具体案があるわけではないのですが、、、

例えば、普段は厳重な補完体制にある日本の各所のレアな遺物を一堂に会した特別展なんてどうですか?ヾ(´ω`=´ω`)ノ

日本の科学力のひとつとして、保存科学の到達点を広く知らしめる機会にもなりますし、話題性も強い!

少なくとも私は観に行きたい!( ・Д・)



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2021ねん 2がつ 2にち(かよーび、くもり)

124年ぶりの節分、、、語弊があるな( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースはでっかくて可愛い勾玉が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は奈良県、香芝市の狐井稲荷古墳です。

ちなみに読み方は「きついいなりこふん」です。

上に挙げた写真は確かに日本最大の勾玉なのですが、島根県松江市、いづもまがたまの里伝承館に展示されているもので、現代の作品です。

今回紹介するのは古墳から出土した遺物として最大のものになります(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

狐井稲荷古墳は5世紀後半に帰属する前方後円墳で、全長は70mあります。

周辺は住宅地になっていて、現在も古墳の範囲は私有地になっています。

この発見は2011年のものですが資料は非公開のままであり、2020年末に初めて一般公開されました。




さて、上に挙げた写真(右側)が国内最大の勾玉になります。

滑石で出来ていて、サイズは長軸約13cm、幅約10cm、厚さ約5.5cmで、重さは565gもあるそうです。

500gってけっこうずっしりとくるサイズ感ですよね(*^・ェ・)ノ

上の勾玉は皆さんの知っている「ふつーの勾玉」とは異なる形態をしていますが、これは「子持勾玉」と呼ばれるものです。

本体の大きな勾玉に小さな勾玉が付随している点が特徴で、この資料では小さな勾玉が10個付いています。

ちなみにこの日本最大の勾玉、実は古墳の立地する土地の所有者が庭仕事をしている際に、後円部の裾辺りで発見したそうです。

発見の経緯も面白いですね(・∀・)つ


さて、こうした子持勾玉は儀礼に使われたと考えられており、今回のように埋葬儀礼に関連しているようです。

古墳という埋葬形態が形態としてある程度規格化されていたように、この子持勾玉も規格化が進んでいた可能性があります。

これまでに全国で450点ほど確認されていますが、サイズは長軸10cm程度、幅5~6cm程度が一般的とされています。

今回のケースでは長軸13cmなのでちょっと長いくらいなので全国4位の長さ、幅が10cmと平均のほぼ2倍なのでこれが全国1位の幅ということになります。

なので国内で最大の勾玉となっていますが、実際に最大なのは幅と体積の点でということなります。

それでも国内最大級の勾玉なのは間違いありませんヾ(´ω`=´ω`)ノ



おわりに

この子持勾玉、、、

動物みたいに見えて何だか可愛いなと思ってしまうのは私だけでしょうか?カワ(・∀・)イイ!!

私はミニチュアとか小さいものが好きですが、この勾玉の場合は程良いサイズ感でいいですね。

本記事を通して、考古学ではなんがかんだ「最古」が一番人気ですが、「最大」とか「最小」もいいな~って思えました。

うむ、今度は可愛い子持勾玉について書こうかな!

考古学においても可愛いは正義!( ・Д・)



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2020ねん 11がつ 5にち(もくよーび、くもり)

そろそろ初雪かな!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


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↑コップのふちにハートちゃん(*・ω・)ノ(「LINE」の通販ページより画像を転載:現在ページアクセス不可)



今回の考古学・歴史ニュースは「新潟県内最大のハート形土偶が見つかった!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、みんな大好き「最大」の遺物の発見です。

今回のケースでは「県内」という条件付きで「最大」サイズのハート形土偶が出土したってニュースになっていました( -д-)ノ

……まぁインパクト大事ですから、「最大」とか「最古」とか使いたい気持ちはわかります(*^・ェ・)ノ


さて、今回の舞台は新潟県、阿賀野市にある発土橋遺跡です。

ここでは縄文後期(約4000~3500年前)に帰属する大規模な環状集落が発見されています。




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上に挙げた図で分かるように、集落内は役割ごとに明確に場所が分けられていると推測されています。

遺跡全体はドーナツ型の環状集落で、中央部には住居の炉跡や石を規則的に配置した配石遺構が確認されています。

これは「マツリ・生活の場」で直径約6mの範囲につくられた大型の配石遺構は人々が祈りをささげる神聖な場所だったと考えられています。

西側は20基以上の墓と思われる遺物・遺構が確認され「葬送の場」だったようです。

こうした集落内が機能によって空間的にしっかり区分されているケースは新潟県内の縄文後期に属する低地遺跡では珍しいそうです。


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今回はこのドーナツ状集落内の「モノ送りの場」から県内最大となるハート形土偶の頭部が見つかりました。

ちなみにこの頭部は長軸が8.5cmあります。

このハート形土偶頭部は地元産ではない粘土で作られていることから、他地域から搬入されたもの、つまり他地域との交流を裏付ける証拠となります。

ただしこの土偶を製作するために使われた粘土がどこのものなのかは分かっていません。

こうしたハート形土偶は縄文後期前半の関東地方で多く作られていたと考えられており、新潟県内でも数点出土例が確認されています。

今回の出土品は県内の先行事例のいずれのものよりも形や粘土の質がよく、優良品といえるようです。


またこの遺跡周辺で採れる天然アスファルト塊が多数出土しています。

天然アスファルトは矢じりの固定や土器の補修に欠かせない生活必需品で、交易品として非常に重要でした。

更に糸魚川市産とみられる蛇紋岩の磨製石斧も出土しています。

こうした搬入品や交易必需品の出土量の多さ、そして今回の発見の目玉である最大サイズの精巧なハート形土偶の存在から、発土橋遺跡は地域の拠点的集落であったと推測されていますヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ



上に挙げた写真は群馬県、郷原遺跡で出土したとっても有名なハート形土偶です。

今回発見されたハート形土偶の頭部はこれによく似ています。

これまで新潟県内最大だったハート型土偶頭部は村上市の元屋敷遺跡から出土したもので長軸が7.1cmです。

今回は1.4cm大きい8.5cmです。

上に挙げた有名なハート形土偶の全長は30.5cmなので、頭部だけだと今回の発見のものの方が大きいように思えますね(*・ω・)ノ


↓「何故、土偶はバラバラで見つかることが多いの?」について書いた記事(*^・ェ・)ノ



↑こんなこともありましたね(。・ω・)ノ゙


おわりに

今回の記事は至って単純なニュースになるかなと思いきや、それなりの文量になりました。


正直私、土偶って「一点もののイメージ」があったのですが、類似の土偶って多数出ているものなのですね~。


論文中だと全体の分かる「イイモノ」しか載ってないことが多いので、そんなイメージでした。


なので個人的には目から鱗なニュースでしたΣ(・ω・ノ)ノ



いや、何はともあれ……


私も「最大」サイズの何かを見つけたい!( ・Д・)



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2020ねん 6がつ 4にち(もくよーび、晴れ)

おい、いつ6月になったんだい???( ・Д・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




今回の考古学・歴史ニュースは「ものは言いよう!( ・Д・)」ってお話です(*・ω・)ノ


今回の舞台はマヤ文明です。

前にも少し書きましたけど、自分の専門領域のことはあまり記事にしていないんですよね。

中にはいい研究もあるけれど、自然とどうしても批判的になるので( -д-)ノ





でも上に挙げたタイトルがいつもと違うように、

もう黙ってられんぞと、

思ったわけですよ( -д-)ノ

まぁ愚痴を聞いてください(*^・ェ・)ノ





とりあえず記事の全文を引用

普段、当サイトではこうして直接全文引用することはありません。

が、今回は問題の所在を明らかにしたいなと思い、こうしました( -д-)ノ

大事なところは赤字にしましたので、そこだけ読んでもらっても構いません。



古代マヤ文明の遺跡の調査を進める日本や米国、メキシコなどの研究チームが、メキシコ南部のアグアダ・フェニックス遺跡で、同文明で最大とみられる建造物を確認した。

南北約1400メートル、東西約400メートルにわたっており、祭祀(さいし)用とみられる。

社会的な階層がはっきりしていない紀元前1千~800年に築かれたとみられ、研究チームは「社会的な不平等が小さくても大規模な共同作業ができることが示され、従来の文明観を覆す発見だ」としている。


4日、英科学誌ネイチャーに発表した。 米アリゾナ大の猪俣健教授や茨城大の青山和夫教授、岡山理科大の那須浩郎准教授らの研究チームは2017年から、グアテマラ国境近くのタバスコ州で航空レーザー測量や地上探査を実施。

18年、森林や牧草地が広がる一帯の地下にアグアダ・フェニックス遺跡を発見した。調査を進めたところ、遺跡には南北約1400メートル、東西約400メートルにわたる大きな建造物があることが分かった。

研究チームは建造物の体積を320万~430万立方メートルと推定する。マヤ文明で最大とされてきたエル・ミラドール遺跡の建造物より、40万立方メートル以上大きいという。

建造物の上部には平面状の「基壇」が広がっている。発掘調査で未使用のヒスイの石斧(せきふ)が見つかったことなどから、建造物は共同祭祀に使われていたとみている。

茨城大の青山教授は「人々が定住を始めて間もない時期に造られたものだ。神聖な山を築くことで、共同体のアイデンティティーを確立しようとしたのでは」とする。他の遺跡で見られる権力者を示す石彫などは見つかっておらず、アリゾナ大の猪俣教授は「人々が自発的な意思で集まって、建てたのかもしれない」と話している。

紀元前1千年ごろから16世紀まで、ユカタン半島を中心にメキシコ、グアテマラ、ホンジュラスなどで栄えた文明。各地の遺跡からは、宗教的な儀式が行われたとみられるピラミッドや、複雑なマヤ文字が刻まれた碑文などが見つかっている。(朝日新聞より)


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↑比較のため再掲

最大とか最古とか考古学者は言いたいのは金のため

さて、読んでお分かりになったと思いますが、

端折って言えば、基壇の長軸が1400mもあるから同時期(先古典期後期)で最大って言ってるわけです。

上の画像を見てもらうと、左斜め上に展開する長方形の茶色の基壇がそれだと思います。

長方形基壇の4辺には小マウンドが並んでいるのが分かります。




まぁ確かにでかい。

でもこれは堆積計算したら最大だよ!って売り込みを言葉巧みに『彼自身が』新聞社等に売り込んでいるのです。



・・・・・・

さて、彼が比べている「かつて最大と言われていた」エル・ミラドールの建造物を見てみましょうよ!ヾ(´ω`=´ω`)ノ


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↑エル・ミラドールのラ・ダンタピラミッドに関する図像(「Gutemala, El Mirador」「Global Consevation」「Pinterest」「Leonidemartinblog」の画像をそれぞれ転載)


どうですか?( ・Д・)


最初の画像で、エジプトのピラミッドや、ティカルのピラミッドと比べているのでサイズ感をもっていただけるかと思います。



・・・・・・さて、

エル・ミラドールの事例は「神殿」です。

アグアダ・フェニックスは「祭祀場(?)」です。

これを両者とも「建造物」として扱っているわけですよ。

確かに間違ってないけど、これは『言葉のマジック』です。

記事内タイトルにも挙げたように、「物は言いよう」です。

私は、比較としておかしいと思います。




彼自身もそんなこと分かってることでしょう。

色んな意味で賢い方ですから(正直私は彼を、クセが激し~く強い中南米研究者の中では一番マトモだと思っています)。



では彼は何故、このようなことをするのか?



知名度上げるためです。

結果、助成金も獲得しやすくなります。

どうせ、最大の建造物(と思われる、とか濁すやもしれません)を発見した!って書きますしね。

金があれば、プロジェクトもでかくできる。

最新の技術も導入できる。

お金のある研究者の周りには主にお金の獲れない研究者が集まり、金持ち研究者の庇護の下、学閥的な集団を形成します。

学会の懇親会で最も厄介なYes Man集団ですね。

考古学研究も資本主義ですよ。

研究能力よりも、口の上手さが重要なのです。

まぁ、厚顔無恥であることも才能か?( ・Д・)






おわりに

まぁ私も「新発見」ってたくさん書いてるから、そんな人のこと言えないですけどね。

でも売り込みはしてないし、申請書には書きませんよ。

あくまで大きな研究プランの中で、段階的に、あるいは副次的にこういう新しいことが分かってきていますよ~て感じですかね。



あ~絶対、学会でイジメられるぜっ!( ・Д・)

(イジメられたら報告しますね(*^・ェ・)ノ)

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2020ねん 3がつ 15にち(どよーび、晴れ)

午後から夕方まで、半日使えば2記事書けるのね。

むしろ1本3時間ちかくかかってる???( ・Д・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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今回の考古学・歴史ニュースは「九州最大の弥生時代のお墓が文化財労六されたけど、市長がぶっ壊したよ!」ってお話です(*・ω・)ノ


まぁちょっと語弊のある書き方してますけど(わざとですけど( -д-)ノ)、内容はざっとこんな感じです!

場所は福岡県、北九州市の城野遺跡です。

城野遺跡は付近の重留遺跡などの遺跡と本来一つの集合単位であり、弥生時代における当該地域の拠点的な一大集落だったと推定されています。

福岡県教育委員会は県文化財保護審議会の答申に基づき、この城野遺跡を県史跡に指定しました。


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城野遺跡の重要性

先に述べたように、この地域における一大集落だったわけですが他にも重要なポイントがあります。

①弥生時代終末期のものとされる方形周溝墓(東西約16メートル、南北約23メートル)が発見されていること

これは九州における弥生時代の最大級の埋葬遺構です。

②このお墓から2基の箱式石棺が出土したこと(上の画像を参照)

この地域の有力者に関係する人物が埋葬されたと考えられています。

おそらく有力者の子供二人が病気等の原因で若くして亡くなり、手厚く葬られたのだと推測されています。

石棺の内部は大量の朱(赤色塗料;血液や力の象徴として世界各地で用いられてきた)で充填されており、被葬者らが如何に大切に扱われていたが分かります。

③九州で2例目となる玉作り工房の跡が見つかったこと。

玉作りだけに限りませんが、工房の跡という遺構自体がとても貴重です。

それに加えて、管玉等の玉製品は「奢侈品(しゃしひん;高価な物!)」であるため、当時の共同体単位の社会組織が複雑化し国家へと至る過程や階層性の発達、所有の発生と発達、職能の多様化など多くの学術的テーマに関して非常に重要な発見です。

こうした点で城野遺跡は、かの有名な邪馬台国と同年代に帰属する「クニ」の実態を知る上で重要と評価されているのですヾ(´ω`=´ω`)ノ



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↑復元された埋葬儀礼の様子(「城野遺跡公園を実現する会」の記事内画像より転載)



だけど市長が遺跡を売り払ってぶっ壊したよ!


この城野遺跡の発掘調査と発見は2009年に行われたものなのです。

先に述べたように、城野遺跡と本来一つであったと考えられる重留遺跡は国の重要文化財に指定されている祭祀用の広形銅矛が出土した遺跡でもあります。

なので北九州市で初となる一大遺跡公園の実現が市民らによって望まれました。

また遺跡群の重要性から、日本考古学会からも遺跡保護の要請がありました。

しかしながら北九州市市長の『北橋健治は遺跡の土地を民間に売却』したのです。

城野遺跡の広大な範囲の内、工事によって東区域は全壊して全て失われました。

最大級のお墓を含む西区域もほぼ全壊状態で、おまけにお墓の一部まで壊しました。






悲惨なものですね( -д-)ノ

以下に挙げたのが、以前の大阪市における事例ですけど、これとは大違いですよ。

よくここまで壊せたなと(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

文化財保護とか活用とか知らないんでしょうね。

調査実施等で文化財保護法自体はクリアしているから、その後売ろうが破壊しようが法律的に問題なし……法律家って悪用しか考えてないよね( ・Д・)

所謂「先進国」とは思えない行政による文化財破壊、恥ですね。

ヨーロッパとかこういうのに超敏感だから叩かれますね( -д-)ノ

まぁいつ終わるか分からぬ沼のような不況の日本だから、目先の利益に飛びつくのも分かるが・・・・・・

果たしてそれで良いのか???


↓金はかかるけど、これがこの先大事だと思うよ!(*^・ェ・)ノ

↑是非、見てみて!遺跡が出ても、こんな方法・取り組みがあるのです(*・ω・)ノ


特に海外で低学歴な人々を見て思うのは、未来を見通す力がなく、目先の欲に走る傾向にあるな~ってこと。

高学歴でも欲には勝てないか、、、高学歴だからこそ自己顕示欲の塊か、、、

まぁきっとこの北橋市長も民間業者もがっつり繋がってるよね……

世の中、金だね!( ・Д・)

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