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あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:縄文時代

2021ねん 10がつ 20にち(すいよーび、晴れ)

無理せず適度に働いてよく寝ることはとっても大事ですね( -д-)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今回の考古学・歴史ニュースは黒魔術リベンジ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ



さて、今回の舞台は愛知県、三河湾です。

前回の記事でも紹介したように、足の骨や腕の骨といった長い骨を使って井桁状(四角形状)に組んだ中に頭蓋骨や肋骨などの他の骨を入れる埋葬形態がこの地域では見られます。

これは「盤状集積葬」と呼ばれるもので、この三河湾地域を特徴付ける縄文時代の一風変わった埋葬方法です。

では早速、おどろおどろしい黒魔術の儀式っぽい埋葬事例を見ていきましょう!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



↓前回の記事(*^・ェ・)ノ




arukemaya1652



どうですか???( ・Д・)

一般的にお墓の中の人骨のイメージと言えば「伸展葬」と呼ばれる、『気を付け』した状態のものだと思います。

それがこのように意図的に配置を変えられるとちょっと違和感を覚えませんか?

この事例は綺麗に方形に並べられているので分かりやすい事例である一方で、頭蓋骨がよく分からない状態なので「怖さ」があまり感じられないですね(´・ω・`)

まぁしょうがない、他にも事例を見ていきましょう!





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頭蓋骨や顎の骨が方形の四隅に配置されています。

でも四角形の枠組みも見えるでしょう?

右側の縦ラインだけ不明瞭ですけどね( ・Д・)



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↑ちょっと変形した事例(「水嶋ら 2004」の図1より転載)


上に挙げたのは保美貝塚における、今からおよそ3500年前~2500年前の縄文時代晩期の事例です。

こんな風に六角形に組む事例もあります。

まぁでもこれはレアなもので、基本的にはやはり四角形です。




さて、皆さんも目が慣れてきたでしょうから、ここからは写真の中のどこに盤状集積葬が認められるのか探してみてくださいねヾ(´ω`=´ω`)ノ


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↑保美貝塚の事例(「水嶋ら 2004」の図1を転載)










おわりに

調べてみると、思ったより事例がなかったなぁと、、、

古い調査の成果が大多数なのか写真が全然見つからなかったです(TДT)

結局、あんまり黒魔術の儀式っぽくなかったですかね?

リベンジ失敗かな?ヽ(TдT)ノ

でも前回の記事の直後、昨日の今日の話なんですけど、例のグーグルアドセンスの問題が突然解決して広告制限解除されたんですよ。


黒魔術が効いた!( ・Д・)



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2021ねん 10がつ 19にち(かよーび、ぷち雨)

考古学ネタがあり過ぎて困る!( ・Д・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




今回の考古学・歴史ニュースは「縄文時代に焼かれた人骨が意図的に並べられて埋められてたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は新潟県、阿賀野市、土橋遺跡です。

この土橋(つちはし)遺跡は今からおよそ4000年前の縄文時代後期の集落が見つかっている遺跡として知られています。

立地が良いのか、この遺跡からは弥生時代、古墳時代、中世の集落跡も見つかっています。




さて、この土橋遺跡から今回は「焼けた人骨が意図的に並び替えられた状態」で見つかりました。

この発見は「焼けた人骨」と「意図的に並び替えられた状態」という2点に分けて考えることが出来ます。


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まず「焼けた人骨」と言うと、「火葬」を想像してしまいますが、今回のものはそれとは異なります。

火葬と思われる最初の痕跡は2世紀の弥生時代後半に見られ、高い蓋然性をもって火葬と推定できる事例は6世紀になります。

文字記録に残る最古の事例は700年で、元興寺の開祖である道昭が火葬されました。

その後日本では仏教の影響により度々火葬が用いられますが、現在のように火葬が一般化するのは明治期以降なのでとても新しい習俗です。




私たちの感覚だと埋葬行為は一度きりですが、かつては「再葬」という儀礼行為が行われていました。

文字通り、一度埋葬した遺体(人骨)を取り出して儀礼を行い、再び埋葬します。




再葬の定義は2回以上なので2度とはかぎらない点がポイントです。

但し基本的には2度でしょうし、以下に述べるような奇跡的・理想的な好条件でない限り考古学的には何回再葬されたか判別できません。

例えば石棺や墓穴といった明確な遺構に人骨の一部が残っていて、別の明確な遺構に再葬された人骨がやはり一部残っていて、更に別の明確な遺構に再葬された人骨が残っていて、それぞれ副葬品として時期の異なる土器などの遺物を伴っている場合です。

これならば人骨の分析から同一個体であることが判明しますから、3度埋葬されたこと、つまり2度再葬されたと言えるでしょう。




再葬はおよそ5500年前の縄文時代中期頃に始まり、弥生時代にも続きます。

同時期に人骨を焼いて再葬する「焼人骨葬」が現れ、この風習も弥生時代に引き継がれます。

なので、今回の発見の一つである「焼けた人骨」というのは珍しい事例ではないのです( -д-)ノ





これまでに人骨集中遺構の写真を2枚挙げてきましたが、小型の遺構のため薬品で固めてズボっとそのまま回収しています。

先ほど「珍しい事例ではない」と書きつつも、実際にはレアな事例のため、こうした保存方法が選ばれたのだと思います。




さて、今回の発見の2点目が「意図的に人骨が並べられていること」なのですが、これがちょっと『黒魔術』っぽい方法が取られているのです( -д-)ノ

その方法とは、一度埋葬した骨をまず取り出して、大腿骨(足の骨)で井桁状に組み、その中に他の骨を入れます。

今回の事例では、上腕骨(腕の骨)と足の脛骨を用いて四角形に組み、その中に頭蓋骨や肋骨を入れています。

挙げた写真だと分かりにくいのですが、説明を聞くとなんだかおどろおどろしくありませんか?ヽ(TдT)ノ




このタイプの埋葬方法は『盤状集積葬』と呼ばれ、愛知県の三河湾域で多数見つかっているものです。

でも愛知県の三河湾周辺域に集中している上に、他の地域では見られません。

そして愛知県の事例では「骨は焼かない」のです。

つまり今回の土橋遺跡の事例がレアな理由は、、、

愛知県の中でも限定的な地域でしか見つからない埋葬方法が新潟県で見つかり、更にオリジナルの埋葬方法では見られない「焼人骨再葬」との組み合わせの方法が取られている点です。




現在の愛知県の三河湾周辺に居住した人が遥々新潟県に移り住み、それぞれの葬制が混じり合った結果なのでしょうかね?

今後の類例の発見に期待です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!





おわりに

今回は写真の問題で『黒魔術』っぽいおどろおどろしさが伝わらなかったと思います。

黒魔術をイメージしたサムネ画像に名前負けしたような感じがしますヽ(TдT)ノ

なので、次回、リベンジします。

「日本にもこんなのあるんだ~!?」って驚かせるのを目標にしたいなと思います( -д-)ノ




そう言えば、グーグルアドセンスに不正なトラフィックがあるって言われて、現在、広告制限受けてるんですよね。

自分でクリックとかしないし、全然身に覚えないのに・・・

グーグル稼いでるくせに・・・

黒魔術かけるぞっ!( ・Д・)



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2021ねん 6がつ 10にち(もくよーび、晴れ)

仕事が進む1週間であったが、記事を書かない1週間でもあった( -д-)ノ

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↑モザイクもっと強くかけなきゃ、ひっかかるかな?( ・Д・)(アダルトグッズ販売ページの画像よりテキトーに作成( -д-)ノ*アダルト系なんでリンク貼りません。あしからず。)


今回の考古学・歴史ニュースは密かにファンが多いらしいよ!?石棒のデータが公開されたよ! & 本当にあったらしい都市伝説的な考古学エロ論文を紹介するよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は岐阜県、飛騨市です。

飛騨市はたくさん石棒が見つかっており、「飛騨みやがわ考古民俗館」に多くが所蔵されています。

この飛騨みやがわ考古民俗館を拠点として「石棒クラブ」という団体が発足しており、関係人口の増加と小規模ミュージアムの在り方についての考察・実践を目的として活動しています。

石棒という飛騨市で特徴的な出土遺物を有効活用した「地方創生」チャレンジを行っています。


↓気になる方は是非!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

↑綺麗な見やすいページです(*・ω・)ノ(*例によって回し者ではございません( -д-)ノ)


さて、この石棒クラブは考古資料の3Dモデル化、つまり『石棒』を3Dモデリングしています。

現在までに20点の資料をモデル化していて、オープンソースとして使えるそうです。

以下に一例を紹介しますね。

是非、石棒をぐりぐりしてみてください( -д-)ノ



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なんでこんなことをしているのかというと、、、

私も最初は、飛騨市は石棒で有名な町だから、町おこしの一環とか、文化財活用の一環として注目を集めるためにやってるんだろうな~なんて思っていましたが、実態はより深刻なようです(´・ω・`)

現在の埋蔵文化財法では出土した遺物はその市町村で管理するのが普通なのです。

詳しい事情は分かりませんが、恐らく飛騨市は飛騨市でも出土した遺跡が飛騨市宮川町に所在するのだと思います。

だから多量の石棒を所蔵しているのは飛騨市宮川町の博物館「飛騨みやがわ考古民俗館」であり、そしてこの博物館が飛騨市の市街地ではなく、宮川町の山の中にあるということが問題のようです。

アクセスが悪いので当然、集客が難しく、結果として常駐の学芸員等を雇用できず、年間30日しか開館できないそうですΣ(・ω・ノ)ノ

大学で学芸員資格取る時に博物館学を受けるとよく聞く話なのですが、日本って一時期にブーム的に多量に博物館を設置したのです。

でも現在、国から補助金がもらえるのはごく一部の博物館のみとなり、結果、博物館は維持が難しいレベルで経営困難なのです。

かつて何でも民営化した政権がありましたが、博物館も民営化されて久しく、現在でも様々な問題を抱えています。

この飛騨みやがわ考古民俗館の抱える諸問題の経緯は分かりませんが、飛騨市がしっかりと支えて上手に運営していけるといいですね(。・ω・)ノ゙

さて、上に挙げたのは石棒クラブで紹介しているオープンデータの使用例なのですが、石棒型のろうそくにフィギュア・・・

心の汚れた私には卑猥な使用法しか思いつきません( ・Д・)


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そもそも石棒とは何か?

石棒は縄文時代に作られた石製の遺物です。

一般的には「男根」を模したものと考えられています。

磨製石器の一種に分類されるので、たくさん『こすって』作ります。

また石棒は被熱を受けたり、破損した状態で見つかることも多いのです。

なので、


石棒の祭祀では、「勃起→性行為→射精→その後の萎縮」という男性器の一連の状態が「摩擦→叩打→被熱→破壊」として疑似的に見立てていたとされる
(wikiより転載;山田 2019:204)

*参考文献
山田康弘 2019『縄文時代の歴史』講談社現代新書


なんて言われたりもします。

でもこれまでに紹介してきたように、祭祀に使う品って被熱を受けたり、破壊されたりすることは世界的にみてよくあることなのですよね(*・ω・)ノ


↓土偶はなんでバラバラの状態で見つかるの?ってお話(*^・ェ・)ノ






先に挙げた画像や上に挙げた画像をよく見てもらうと分かるように、石棒といっても色んな種類・形態があります。

広義には石刀や石剣も含むのです。

上に挙げた画像では仏具と形態が似ていることから名付けられた「独鈷石(どっこいし;写真右上)」も入っています。

これは木製の柄に装着されて使用されたと考えられる祭具です。

具体的にどのような儀礼行為であったのかは正直分かりませんが、世界的に見られる豊穣や子宝を祈願しての男根信仰はあったでしょうし、そのための石棒もあったと思います。

しかし縄文時代という長い期間、日本列島という広い地域において、石棒といっても様々な形態があって、様々な使用法や儀礼行為があったことも想像に難くないのです。

ま、古代の儀礼の話になると、やけにリアルなエロイこと書く論文が多いのも事実!( ・Д・)


≫ 次ページは「ほんとにあったどエロの考古学」( ・Д・) ≫



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先のページでは石棒の3Dデータが公開されたこと、そもそも石棒って何?ってことについて紹介しました。

ここでは本当にあったらしい都市伝説的な考古学エロ論文を紹介するよ!( ・Д・)ってお話をします(*・ω・)ノ

さて、これたぶん実話です。

私が学生の頃、飲み会の席で博士課程の先輩から聞いたお話です。

石棒というと一般的なのは男根を模したものです。

上に挙げた写真も立派なサイズ・形態ですが、パッと見て男根のように思えます。

前回は石棒と言っても色々あるよとお話しましたが、ここで述べる石棒は男根信仰と関わりがある明らかにソレの形のものを指しますのでご注意ください( -д-)ノ

さて、男根信仰は現在の日本でも残っていて、巨大な男根の石彫が観光スポットになっていたり、祭られている土地でお祭りがあったりします。

近年というかもう長いこと、晩婚化、少子化、人口減少が止まらない日本社会においては特にこうした子宝祈願が重要視されるのかも知れませんが、古代の石棒に対するファンもけっこういるのだそうです。

こうしたファンだけに留まりませんが、やはり気になるのは、「石棒がいかに使われたか?」です。

これを研究した考古学論文があるんだ!というお話なのですが、、、

ところで考古学には「実験考古学」という分野があります。

オーソドックスな例は石器の使用痕実験です。

方法論は単純です。


①実際に黒曜石など、対象資料と同じ素材で石器を作る。

②対象資料の予想される機能ごとに、実験的に作られたその石器を用いて、なめし革をなめす作業、肉を切る作業、木を切る作業などを行う。

③各工程において、10回、100回、1000回、3000回などと一定回数の使用行為を行った後に、刃部を顕微鏡観察することで、使用した際に付いた傷(使用痕)の様子を明らかにする。

④対象資料の刃部を観察し、比較することで、対象資料が何の作業にどれくらいの回数使われたものなのかを推定する。


これが一連の流れを簡単に説明したものです。

要は、レプリカを作って実際に使ってみて、どんな痕跡が残るかチェック&比較してみたよってお話です(*^・ェ・)ノ


arukemaya1557
↑ハガレン大好きヾ(´ω`=´ω`)ノ(*拾ってきて加工しました( -д-)ノ)


ここまで書くともう勘のいい読者の方はお気付きでしょう。

そう、『石棒のレプリカを作り、実際に使用してみたという論文が存在する』そうです(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?


かなり昔の論文ですから、少なくとも今から20年前くらい?

その時聞いた話だともっと古いので、1960年代後半だったような・・・

所謂プロセス考古学が流行した時期で、日本考古学においてもこの時期を境に理化学的な分析の利用が活発化しました。

先の「実験考古学」という手法もそうした流れで登場したものなので、まぁ時期的には合っている・・・


でも、現在みたいに3Dプリンターとかないんですよ?

作るとしたら、本当に石材で石棒作るしかない。

ってか方法論的には石材で作るしかない・・・



誰に使ったの?( ・Д・)

風俗で謝金払って、100回~1000回と突っ込んだの?( ・Д・)

身体大丈夫なの?( ・Д・)

いくら払ったの?( ・Д・)

そのお金、科研費(科学研究費補助金)から出てるの?( ・Д・)


とまぁ疑問は次から次へと出て来るし、男所帯の飲み会の席だから先輩方も大いに盛り上がっていたのを記憶しています( -д-)ノ

「ひぼう」?

なんだっけな、雑誌名・・・

「豹」みたいな感じがつくような・・・

当時は雑誌名や著者名も覚えていて、修士の先輩と翌日に研究室でインターネット検索したりしたのです。

現在みたいにスマホありませんからね、その場で検索とはいきませんでした( -д-)ノ

その時調べた結果としては本当にその雑誌(学会誌などの論文集)が存在することまでは突き止めたのですが、問題の論文までたどり着けなかったのです。

当時の大学に所蔵されていませんでしたので( -д-)ノ



……ん~、恥を忍んで、あるいは昔を偲んで、先輩に聞いてみようかな。

来年の資料調査時に、一緒に検索した先輩に会うので、ちょこっと聞いてみようと思います。

できたらコロナ明けてて、お酒飲めたら尚訊きやすいのに( ・Д・)

何か分かりましたらまた記事にしますし、何か情報ある方はコメント欄にお願いしますね!ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ




おわりに

今回は内容が無駄に長いのと、話が大きく変わってしまうので、ページ変えました。

こういうのは特例なので、またいつものようにライブドアブログの設定上の限界がきて(多くの場合写真の枚数?)勝手にページが切り替わるまでは1ページに書き続けます(*・ω・)ノ

・・・・・・まぁインパクトって大事ですよね。

論文でも、特に世界で戦うとなるとインパクトファクターがどうかは重要になるのですが、、、

石棒の3Dデータのオープンソース化か・・・( ・Д・)

私は心が汚れているので、絶対誰かふざけて「デ。〇ド」や「バ〇ブ」作ると思うんだよな~。

YouTubeで「作ってみた!」ってやったら私も一躍有名(炎上系?)になれるかな?( ・Д・)

冗談はさておき、、、普通なら土器などをオープンソース化しても大したことないニュースなのですが、それに比べると確かにインパクトのあるニュースだったと思います。

でも厳しいことを言うと、これが地元博物館の今後の運営にどれだけつながるでしょうか?

この熱が冷めない内に、石棒クラブの方々を中心として『精力的に』更なる発信をしてもらいたいものです。

・・・石棒だけに!( ・Д・)


*馬鹿にしてません、ふざけているだけです( -д-)ノ



≪ 前ページは「そもそも石棒って何?」(*^・ェ・)ノ ≪



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2021ねん 5がつ 31にち(げつよーび、晴れ)

切り詰めた生活を送ってた結果、最近、ご飯が美味しい.。゚+.(・∀・)゚+.゚

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今回の考古学・歴史ニュースは「約3000年前の縄文時代のクルミでいっぱいのかごが公開されてるよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は福島県、南相馬市の鷺内遺跡です。

「さぎうち」って読みます。

この鷺内遺跡で、上に挙げた写真に見られる依存体が発見されました。

なんだかテカテカしてて、ボコボコしてますけど、籠にみっちりとクルミが入っている状態です。

入っているのは3.5cm台のオニグルミで、約700個入っています。

上の写真で見るとなんだか大きく見えますが、竹や笹を割いて編み込んで作られた籠のサイズは長軸33cm、短軸20cmのサイズです。

時期は縄文時代晩期に属すると考えられ、約3000年前の資料ということになります。

見つかったのは2018年度の調査時で、最初に挙げた写真はその際に1日限りの一般公開をした際のものです。




これが防腐処理が完了した状態の資料です。

不思議なテカリが消えて、何だか生々しさが増加した気がしますね(*^・ェ・)ノ

この写真は教育委員会(考古学関係者の主な就職先です)提供とあるので、考古学関係者や学芸員などの博物館職員らが撮影したものでしょうから、展示用のケースを外した状態で撮影されていて、とても綺麗に撮れています。

福島県南相馬市鹿島区の鷺内(さぎうち)遺跡で出土した、縄文時代晩期(約3千年前)ごろのクルミ入り編みかごが16日、市内で一般公開された。全国でも出土例のないクルミでいっぱいの編みかごに、多くの考古学ファンからは「当時の食糧保存法が分かり、縄文人の暮らしがとても身近に感じられた」などの声が聞かれた。

 編みかごの公開は原町区にある文化財整理室であった。午前10時の開場とともに市内外からのファンらが室内に入り、竹やササ類を切り裂いて編み込んだ縦33センチ、横20センチの編みかごに興味深そうに見入った。

日本は山が多いだけではなく河川も多いので水に恵まれた土地柄だと思います。

なので水分の関係上、こうした珍しい植物依存体の検出事例はけっこう多い方だと思うのですが、さすがにこれだけ保存状態の良い事例は他にはありませんヾ(´ω`=´ω`)ノ

このクルミの詰まった籠は当時の地表面から穴を掘って埋めていたようで、その穴の中には水が湧いていて常に水分が供給される状態でした。

ですから保存状態がとても良かったのです。

保存のために食料を土器などに入れて埋める事例は世界各地で見られるので、クルミを籠ごと埋めたのは良いとして、、、昔から水が湧くようなところに埋めていたのでしょうか?

そういう保存方法だったのでしょうか?( ・Д・)




おわりに

今回は防腐処理などの保存処理が終わったということで1日限りの展示というわけではないのですが、それでも「特別展」として期間限定(2021.5.15-6.13)の展示だそうです。

近くにお住まいの方は是非、この機会に見に行くといいと思います。

神社仏閣の御開帳とは違って、考古資料の特別展って定期的なものではないので、次いつ見れるか分からないですからね(´・ω・`)


・・・古代の食べ物の研究も面白そうとは前々から思ってるんですけど、土器が専門だから土器からのアプローチしか考えてなくて・・・

保存方法に関する知識全然ないなぁって今回感じました。

とっても保存状態の良い事例ですから、この鷺内遺跡の報告書を読めば、この事例に関する当時のクルミの保存方法について書いてある気がしますね。

今度探してみます( -д-)ノ

何はともあれ、、、

オニグルミって食べれるの!?( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 23にち(きんよーび、晴れ)

毎日TKG食べてる(*^・ェ・)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースはどーきーを探せ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は埼玉県、北本市のデーノタメ遺跡です。

普段、記事とか考古学情報調べてたら、考古学の専門が撮っている記録用あるいはスナップ写真か、遺跡説明会時の写真ばかりなのです。

当たり前なのですが( ・Д・)

でも今回の記事を調べてたら、出土してから間もない写真を見つけたので「ドーキーを探せ!」を開催することにしました。

今後もそのような写真を見つけたらやります(*・ω・)ノ

あと調査時にそういう状況になったら意識的に撮影しますv( ̄∇ ̄)v

さて、問題は以下の2問!

ドーキー(土器)はどこか分かりますか?

答え合わせは「おわりに」で!


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記録用の写真を撮る時には「クリーニング」といって、壁を垂直に立てたり(垂直になるように壁面を削るの意味)、落ち葉拾ったり、細かな根を切ったりします。

その際にレキ(石のこと)や土器などの遺物も分かりやすくきっちりとその形状が分かるようにします。

そうこうしてると、けっこう乾くんです。

乾き過ぎると困るので水を撒いたりします。

丁度良い状態でも、土器などの遺物と土は乾く速度が異なるので遺物はやはりはっきりと分かります。

でも問題として上に挙げた写真の土器はまだ十分に湿っていて、ちょっと分かりにくい状態です。

上の発掘現場の写真を見て分かるように、この現場はそもそも水分を多く含む土壌だからこそ、こういった問題になるような写真が撮れたのですね(*・ω・)ノ

考古学あるあるですが、発掘調査未経験だと土器や石器などの遺物が土から出ても分からないことが多く、経験を積むと簡単に判別できるようになります。

・・・「ドーキーを探せ」、流行ればいいのに( -д-)ノ



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このデータノメ遺跡は関東最大の環状集落です。

でも、ここまでに調査現場の写真を2枚挙げましたが、”環状集落”感がないですよね( -д-)ノ

なので遺跡全体の模式図を表示しました。

この遺跡は縄文時代における3つの環状集落が残っている遺跡であることが分かります。

また上に挙げたように貴重な遺物も出ています。

そのため北本市はこのデータノメ遺跡を国指定史跡として保存・活用しようと尽力しているそうです。

どのような史跡になって、どのように活用していくのか、今後が楽しみな遺跡です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!




おわりに ~情報と流行の伝播の仕方&解答~

ヒトに限らず動物にとって水は生きていく上で不可欠です。

なので人類が集落や都市を築く場所は水辺であることが多いのです。

時期にもよるのですが、上に挙げた地図のように河川沿いに集落がいくつも発達する傾向があります。

一方で海岸沿いにも集落が発達します。

漁業は生業として重要ですし、塩も得ることができますから。

なので、河川に沿って上流~下流・海岸間では古くから交流があったことが分かっています。

製塩するにも大量の燃料用の木材が必要ですから、上流の山間部に住む人々が運んだと考えられています。

だから、河川に沿って上下に集落間関係が構築されるのは分かるんだけど、「横方向」にはどうやって情報や流行が伝わるのだろう?って時折疑問に思います。

古代の情報や流行の伝播の方法について明らかにできれば面白そうですよね?(*・ω・)ノ



・・・さて、最後に解答です。

問1の答えは左にあるのが土器!

右にあるのは縄文のような文様にも見えるけども、クルミです!(*^・ェ・)ノ

問2はたくさんのクルミが出土している状況ですが、、、

ちょっと怪しいなって思う小破片が2点ほどありますが、まぁとりあえず下部の赤っぽいやつは土器の口縁部だと思います(*^・ェ・)ノ


分かりました?



ところで、ねぇ、、、

・・・縄文ってクルミの文様でない!?( ・Д・)


↑歩けマヤ管理人(2021.4.24)(・∀・)つ


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2021ねん 4がつ 15にち(もくよーび、くもり)

自分で研究環境を整えるのも楽しい気がしてきた(*・ω・)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

arukemaya1474


今回の考古学・歴史ニュースは縄文時代のものなのに、炭化してない樹や葉っぱ、虫、鳥の羽が出てきたよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は神奈川、伊勢原市の西富岡・向畑遺跡です。

上に挙げた写真が見つかった樹のひとつなんですけどどうですか?

発掘したことある人あるいは土木工事関係者なら分かると思うのですが、現在まだ生きている樹の根とか土の中からこんな感じで出てきます。

掘る時に邪魔なのでサイズによって根切りやノコで切断するわけですが、、、

まさにそれと同じ!(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

時期判定では縄文時代後期、つまりおよそ3000~4000年前の樹ということになります。

そんなに古いのに炭化せずにこの保存状態というのは奇跡ですね!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

本当に生木にしか見えない(´・ω・`)


arukemaya1476


上に挙げた写真が今回の目玉の植物依存体です。

デカいです。

幹がほとんど残っていそうですねΣ(・ω・ノ)ノ

こうした炭化せずに残った古代の樹の出土事例としては本事例が国内初となります。

しかもこうした樹々が大小含めると100本ほど検出されています。

驚くべき大発見ですね( ・Д・)

上に挙げた写真の樹は大きいため、種の同定が容易でカエデであることが分かっています。

他の樹々の同定はこれからで、理化学的手法を用いたより正確な年代判定もこれからだそうです。

縄文時代の植生や環境など、新たなデータをたくさん与えてくれそうですね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!



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樹々や葉っぱといった植物依存体の保存状態が極めて良い遺跡ですが、当然、動物依存体の保存状態も良好です。

上に挙げた写真のように虫や、鳥の羽も検出されています。

昆虫では色彩が綺麗に残っていますね。

下に挙げた記事の中の玉虫は別ですが、通常の昆虫の色彩は色素によるものなので死後に失われるはずなのですが、、、どうなってるのだろう?( ・Д・)

羽もスゴイですよね。

その辺歩いてて見かけるような自然な残り方していますΣ(・ω・ノ)ノ

どれを見ても、私には発掘中に現地表面近くから出てくるものにしか見えない!(; ̄Д ̄)



↓上2つは古代の昆虫のお話ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ





↑最後のは古代人の『脳みそ』が見つかってるよ!ってお話( ・Д・)



おわりに

私のやりたいこととは全く方向性が異なるのですが、こういう成果も羨ましいなぁと思います。

まぁ何が見つかるかは宝くじみたいなもんだからなぁ( ・Д・)

掘ってく上で予想できるものとできないものがあるのです。

私のマヤ文明、ティカル遺跡の調査現場だと偶然に出てくるもの(狙っていくけど出るとは限らない)として、墓を当てるのが3等賞、副葬品が出てくるのが2等賞、副葬品が豪華なのが1等賞かな( -д-)ノ

私は引きがイイ方なのですが、そんな「考古学ガチャ」では去年の3等賞がこれまでのベストです。

コロナ禍に邪魔されているけども、次回の調査が今から楽しみですわ。

うん、別に発見至上主義ではないけども、、、『上手に』研究を続けていく上で大事なことだと思う・・・

やぱスゴイの見つけてニュースになりたい、博物館に展示されたい!( ・Д・)



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2021ねん 4がつ 13にち(すいよーび、くもり)

考古学グッズ、自分も作りたいが案が出ないヽ(TдT)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは最近ぽつぽつと考古学グッズが販売されてるけど、このマグカップめちゃ可愛い!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は青森県、小牧野遺跡です。

ここは青森県で初の国指定史跡です。

見どころは、縄文時代前期後半に約2900個、約30トンもの石を並べて造られた環状列石です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

実際には徐々に規模を拡大していって、全部を一気に造ったわけではないでしょうが、それでも物凄い労働力が使われたわけですし、長い期間大勢の人々にとっての重要な祭祀の場として機能したことが伺えますね。


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地図で見て取れるように、小牧野遺跡のすぐ左手に空港があり、北東部には青森市街地があります。

小牧野遺跡へのアクセスはバスが一番便利なようです。

上に挙げたように、縄文時代の建造物をイメージしたような「どんぐりの家」という休憩所があります。

写真には載ってませんが椅子や机が容易されています。

また小牧野館という博物館もあり、かなり大きく立派な博物館です。

やはり青森県初の国指定史跡ということで、青森県もかなりアピールに力を入れているようですね(*^・ェ・)ノ

今回、後ほど紹介する可愛いマグカップもその一環なのだと思います(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


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小牧野遺跡の主体はやはりこの巨大な環状列石です。

上に挙げた1枚目の写真のようにちょっと変わった石組みなのが分かるでしょうか?

ただ並べてあるのではなく、直方体のような縦長の平石を用意して、横にして積んでいます。

その両側に楕円形の石を縦に配置しています。

このような規則性のある配石方法は全国的に珍しく、『小牧野式配列(配石)』と命名されています。

一方でこの環状列石周辺からは竪穴住居址や、土器棺墓・土壙墓といった埋葬遺構、貯蔵穴・ゴミ捨て場といった生活痕、湧水跡や道路跡も見つかっており、単なる祭祀の場というだけではなく、縄文時代の暮らしが見て取れる遺跡として重要です。

先ほども述べたように、これらの発見を上手に展示していて、出土遺物も多いので、博物館はとても充実しています。

是非、来館してみてくださいねヾ(´ω`=´ω`)ノ




遺跡紹介が長くなりましたが、上に挙げた写真が今回紹介する新たな考古学グッズです。

最近、Twitterなどで考古学グッズを製作・販売している人たちがいるのだなぁと思っていましたし、ふるさと納税でけっこう色んな博物館などで土器を辺納品として販売しているのだなと思っていました。

っていうか、考古学グッズって意外に需要あるもんだなと、そっちに驚いていましたΣ(・ω・ノ)ノ

この商品、蓋の方の環状列石はシリコン製でぷにぷにしてるそうです。

それもまたイイですよねヾ(´ω`=´ω`)ノ

値段が3000円というのがちょい高いけど、個人的に欲しいなと思えるレベルの出来です。

送料が850円かかるし、実質4000円、、、悩むな( -д-)ノ

ふるさと納税で、新たな考古学グッズを辺納品として用意するのためのクラウドファンディングもやっているそうで、本当に頑張ってるな~と感じました(・∀・)つ


↓これがふるさと納税の返納品の土器(*・ω・)ノ




おわりに ~考古学の厳しい現実~

資本主義社会とは言え、何でもかんでもお金にすればいいってわけじゃないのは分かってますけども、哀しいかな背に腹は代えられないのです( -д-)ノ

考古学ってそれ自体では稼げないのに、人件費とか調査にも文化財の維持にもたくさんお金がかかるので、しっかりとお金を稼げるように文化財の活用を行っていく必要が現実問題としてあります。

私もマヤ関係で何かグッズ作りたいけど、やはり海外は色々な規制とかで難しいんですよね~ヽ(TдT)ノ

実際のティカルの粘土使って、古代マヤ土器のレプリカ作りたかったのに(TДT)

あとは今流行の(もう遅いか?)3Dプリンターで素敵な遺物のレプリカ作って販売するか・・・

収益で調査します!ってならグアテマラも許可出すだろうし、日本でもクラウドファンディングで何とかなるかな?

どう思う?ってか支援して!( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 30にち(どよーび、雪)

ボーカルレッスン、思いの外楽しかった!(・∀・)つ

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今回の考古学・歴史ニュースは「1万年前の最古級の勾玉が出たよ!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は鹿児島県、種子島の長迫遺跡と二石遺跡です。

そう、鉄砲の伝来として有名なあの種子島が舞台ですヾ(´ω`=´ω`)ノ

そして今回何故、2つも遺跡名があるかというと、今回のお話は『最古級の装身具が1点出た!』ってだけではなく、『最古級の石製品が複数出た!』ってお話なのです(*・ω・)ノ

実際この2つの遺跡は種子島の東海岸の海岸段丘上に隣接して立地する遺跡なのですが、この両遺跡にて調査した際に複数の最古級の石製品が出土したのです(*・ω・)ノ




まずは長迫遺跡の方から!

ちなみに読み方は「ながさこ」です。

ところで、この事例はさほどでもないと個人的に思いますが、考古学における遺跡名って難読なものが結構あるものです。

特に海外考古の私としては、報告書のタイトル(遺跡名)が読めなくて検索が面倒だなと思うことが多々あります( -д-)ノ

さて、上に挙げた写真が同遺跡から出土した石製品のひとつになります。

この遺物は縄文時代早期に帰属する吉田式土器と共に同じ層位から出土したため、今からおよそ1万年前の最古級の石製品として判定されました。

ちなみに1枚目の「じゃがいも」みたいな遺物は10cmほどのサイズの砂岩製の石偶です。

全面に敲打痕(こうだこん;叩いた痕跡)が確認できたため、意図的に加工したものと推定されています。

左手前が頸部の如く少しくびれている印象を受けるので、頭部を造形しようとしたのかも知れませんね。

動物なのか人なのか、何を模したかまでは分かりませんが( -д-)ノ

島だし、海獣かな?(*^・ェ・)ノ



……考古学にちょいと詳しい方は本当に石偶?って思うかもしれませんね。

考古学者としてはレキ(石ころのこと)などに何かをぶつけたような痕跡があった場合、それが加工痕なのか使用痕なのかが気になるところです。

なんかちょっと握りやすそうなグリップ感あって、特定の箇所だけに痕跡が集中していたら使用痕の可能性が高いなと判定します。

今回の場合は全体的に痕跡が見られたため、この敲打痕は遺物を成形・整形するための処理の痕跡である加工痕と判定しています。

もちろん何かしらの道具を作るために全面を敲打しつつ未使用ないし、ほぼ未使用の場合、

あるいは道具(ツール)に加工しようと全体を叩いて成形してみたけど、やっぱ途中でや~めたって場合は、遺物自体に加工痕だけが残るけど遺物は本来道具あるいはその未成品なわけです。

この遺物に対して「石偶」としつつも、「用途不明」にしているのは、儀礼行為と関連して用途不明という意味だけではなく、

道具(ツール)である可能性も残して慎重な立場を取ってるのかな~なんて思ったりしますね(*^・ェ・)ノ



さて、こちらも長迫遺跡から出土したものです。

先ほどの石偶と同様の状況下で出土したため、この遺物も約1万年前のものと判定されています(*・ω・)ノ

こちらも全面に敲打痕が確認できるとのことですが、ぱっと見明らかに加工されて成形・整形されてますよね。

長軸が8.5cmでこちらも用途不明な石製品です(*・ω・)ノ


さて、、、真ん中辺りの右側に「穿孔痕らしきもの」が見られるのですが、、、

なんだろう、これ?( ・Д・)

がじった?(調査中に堀具で壊した?の意)( ・Д・)



【そんな気がする理由】

①写真で不鮮明な敲打痕について記載があるのに、これほど分かりやすい痕跡を穿孔痕と表記していないのは怪すぃ(´・ω・`)

②穿孔痕らしき箇所の内面が新しい割れ面に見える(´・ω・`)



【断定しない理由】

①マヤ遺跡の発掘調査ではミニピッケル状の堀具を使用するため、このがじり痕跡はよく見られる。しかし日本だと何で堀ったの?ってなるから(´・ω・`)

②私の心が優すぃから(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


・・・・・・エンピでがつっといったのか、移植でぶっ刺したのか、、、なんだろう、変なとこが気になりますね~。

縄文時代早期の包含層なんて下層だろうし、文化層だと思って掘ってれば有り得ないような気もするけど、、、

きっと、、、まさか何か出ると思ってなかったのかな?

真実は闇の中ですね( ・Д・)

そして、1万年前の最古の勾玉、、、完形品だったら国宝級だったかもしれませんね!Σ(・ω・ノ)ノ




おわりに

今回は種子島なので鹿児島県のお話でしたが、南九州一帯はこれまでにも古い時期の石製品の発見が集中している地域なのです。

そんな南九州でもこれまでの石製品や装身具は縄文早期後葉に帰属するもので、今からおよそ8000年前のものでした。

今回の勾玉は石製装身具としてはこれまでの最古記録を2000年も遡るもので、しかも勾玉の形態ものは同時期では類例がないため大発見ですヾ(´ω`=´ω`)ノ


・・・・・・私、実は最近日本の研究もやってて(コロナ禍だし( -д-)ノ)、ちょうどそれがおよそ1万4000年前の縄文時代草創期の内容なのです。

土器として国内最古級を扱いつつ、その時期に既に広範囲のヒトの移動、情報の伝達、モノの交換が活発であったことを示せるのではないかなと思っている最中なので、、、

なので、今回のお話は早期ですから、個人的には当然!って感じだったりします(*^・ェ・)ノ

そろそろそれらの国内関連の論文発表も進んできたので、近い内、記事で考古学最新情報紹介したいと思います!


さて、本記事の途中で「真実は闇の中!」と名探偵コナンばりのセリフを吐きましたが、、、

我々考古学者にとって、資料の再検討も重要なのはわかってはいるものの、やはり、、、

『真実は土の中!』かな?( ・Д・)



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2021ねん 1がつ 18にち(げつよーび、くもり)

久々の休みだったからひたすら寝てました( ・Д・)

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今回の考古学・歴史ニュースは土器だと思ってたら笛かもよ!?( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


さて、今回の舞台は青森県、階上町です!

ちなみに階上と書いて「はしかみ」と読むそうですΣ(・ω・ノ)ノ

さてさて、今回のニュースですが、「土器と笛って間違えないでしょう!( ・Д・)」って思うので、私自身、すごい気になった記事タイトルだったので取り上げてみました( -д-)ノ

今回のお話は、青森県、東北町在住の萠出(もだし)浩さん(60)が「青森県内で見つかった土器の一部は土笛ではないか?」と新しい解釈を述べたのが発端となっています。

職員等に聞いたところ、考古学大好きな一般の方々が各市町村の埋蔵文化財センターなどに電話連絡するのはよくあることだそうです。

でも内容は大体トンデモなお話ばかりなので通常はまともに相手をしないそうです( -д-)ノ

今回の事例では、萌出さん自身が階上町歴史民俗資料収集館を訪れ、町教委の許可を得た上で、保管されている土器を笛として吹いて音を出しました。

その様子は集まった支援者ら約15人が聴いただけではなく、「デーリー東北」の取材を受けてYouTube動画としてアップされました。

こうして一般の方の意見が採用されること、許可が下りて直接笛として使用実験が可能となることは稀だと思います(。・ω・)ノ゙



↑「デーリー東北」がアップロードした動画


動画を見てみると「顔付き注口土器」に息を吹き込んでいます。

ちなみにこの顔付き注口土器は発掘調査での出土ではなく、町民が発見して町に寄贈したものであるため詳しい調査は進んでいないそうです。

その他にも小さいサイズの土器の穴に息を吹き込み、指で音の高さを調整してメロディーを奏でたそうです。

彼の意見は「土笛は10cmほどの大きさで、顔付き注口土器も同じくらい。土笛と言えると思う」とのこと。

本当に「土笛」なのか???( ・Д・)

先行研究を大きく否定されると、「本当?って確かめたくなるのが研究者の性!」ということでちょっと簡単に考察してみました( -д-)ノ

上に挙げた写真が縄文時代~弥生時代の土笛です。

土笛とは笛として機能したであろう土製品なのですが、現代的に言うとオカリナをイメージしてもらえると大体合ってます(。・ω・)ノ゙

まぁ最近はオカリナもプラ製とかありますけど、ホイッスルとなるとプラ製や金属製をイメージしてしまうので、「お土産用のオカリナ」が一番イメージに近いかも知れません。

さて、上に挙げた1枚目の画像の方は恐らく鳥、あるいは海獣などの動物を模した造形になっています。

穴が少なくとも2つ見えますのでホイッスルのように使用されたのかも知れませんね。

こうした動物を模した土笛は世界中で見られ、ちなみにマヤ文明でもたくさん出土していますヾ(´ω`=´ω`)ノ

2枚目の方はドングリみたいな形の土笛です。

複数の穴が開いていて、オカリナのように音を変えることができます。

このタイプの土笛は日本や東南アジアでよく見られるものです(*・ω・)ノ


……さて、上に挙げたYouTube動画見てみました?(いつものように回し者ではないですけど( -д-)ノ)

萌出氏が笛を吹いて、素敵な音色が聴こえるシーンばかり映っていて、肝心の遺物の構造が見えません( ・Д・)


ここで私のささやかな疑問(´・ω・`)

顔の造形が付いていようがいまいが、元々は「注口土器」として判定されていたのですよね?

つまり土製品として判定されていないってことは「注口土器の一部」である注口部として判定されているのではないでしょうか?

(あ、注口(ちゅうこう)って「そそぎぐち」ってことです、やかんやケトルの注ぎ口をイメージして下さい(*^・ェ・)ノ)

動画では下に挙げた画像のように「遺物の下部」が全く映っていません。

この「下部」に破損の痕跡があるからこそ、元々何かに付随していたものとして判定するのが普通です。

もし「下部」に欠損が見受けられないならば、土製品ですし、土笛の可能性も高くなるでしょう。

そこんとこ、どうなのよ?( ・Д・)


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↑こんな形なのは分かった( ・Д・)(先に掲げた動画より)


おわりに

まぁプロ相手じゃないのであまり強く批判するのも可哀想なのですが、、、

もう少し言わせてもらうと、

「土笛が10cm程度⇒顔付注口土器も同じくらい⇒両者とも土笛」

って論理飛躍し過ぎに感じます( -д-)ノ

そもそも土笛が10cmくらいって本当ですか?

縄文時代の土笛、少なくとも東北地方やあるいは青森県で出土した土笛を全部調べて、全何点あって、その内の何%が「10cm」で、どんなサイズ分布していて、どの程度の偏差があるのでしょう?

(↑考古学ってこういう学問( -д-)ノ↑)

(そもそも縄文時代の土笛が10cmというサイズで規格化されていたの?、モノの規格化はいつから?とか疑問に思えたあなたはもう卒論程度は余裕です(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!)


『飽くまでもこれは私のイメージ』ですが、土笛ってもっと小さいと思いますよ( -д-)ノ

10cmはけっこうデカい!

萌出さんは、「これを事例に他の土器も土笛の可能性がある」としてるけど、、、

まぁ可能性はある!

今後の検証に期待したいですね(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

さて、文献史学と違ってなかなか考古学って参入しづらいのがネックだと思います。

ですから、こうした考古学ファンの皆様に我々の研究活動が支えられてることを忘れてはいけませんね(*・ω・)ノ

ここ大事です!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

・・・ところで、穴あって吹けば音出るからね!( ・Д・)



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