歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:考古学

2019ねん 5がつ 10にち(きんよーび、曇り)

散歩するとストレスが30%も減るらしい(・∀・)つ

今日はけっこう歩いてみたから、ストレスを減じることができたはず!(・∀・)

……なので頭痛がする

神経痛らしい……何故だ!?( ・Д・)

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↑札幌護国神社の本殿、立派である(。・ω・)ノ゙(「歩け、マヤ」管理人撮影)


さて、今回の考古学・歴史ニュース(?)は、『平成最後の日に札幌護国神社に参拝して、御朱印頂いてきたよ!&鳥居のデータ取ったよ!』ってことですね。



↓関連記事のバックナンバーですヾ(´ω`=´ω`)ノ↓
↑「御朱印&鳥居データ集め①~⑥」も良かったら併せてどうぞ~(・∀・)つ↑


さて、以前に宣言していた通り、「平成最後の日」に御朱印を頂いてきました。

GW中だし、忘れそうだな~と思っていましたが何とかなりました( -д-)ノ

では、まずは札幌護国神社の基本データから紹介しますね。


【札幌護国神社】
住所:札幌市中央区南15条西5丁目
Tel:011-511-5421
駐車場:あり

祭神:
北海道開拓祭神
各戦役戦没祭神
公共殉職祭神
其他特殊祭神

創設:明治12年(1879年)

大祭日
合祀祭:7月5日
例大祭:7月6日
後日祭:7月7日

中祭
元旦祭:1月1日
平和記念祭:8月15日
除夜祭:12月31日

小祭
節分祭:2月3日
月次祭:毎月1、10、20日
日供祭:毎日午前7時
命日祭:月次祭後、午前11時より繰上げ執行

特殊神事
大祓式:6月30日、12月31日
彰徳苑みたま祭:6月第1土曜日


さて、では頂いた御朱印のご紹介を( -д-)ノ


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↑札幌護国神社で頂いた御朱印、左は同神社内の彰徳苑の御朱印(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑札幌護国神社で頂いた神社情報(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑境内にある趣ある建物(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑敷地内はかなりの規模の広場になっている(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑本殿に入る門(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑春を感じますね~ヾ(´ω`=´ω`)ノ(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑大小様々のたくさんの慰霊碑・記念碑がずらーっと並んでいました(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑本殿前も大きな空間が広がっています(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑札幌護国神社の本殿(「歩け、マヤ」管理人撮影)


さて、札幌護国神社は中島公園の南側に位置しています。

道路は挟みますが、中島公園を抜けてそのまま散策できるコースになっています。

境内はすごく広いです!

境内には多賀神社と彰徳苑があり、そのため3種類の御朱印を頂くことができます。

(多賀神社については次回紹介しますね( -д-)ノ)

前回、烈々布神社の御祭神の数は9柱で、北海道で最も御祭神の多い神社として紹介しました。

しかし札幌護国神社は各戦役戦没祭神、公共殉職祭神、其他特殊祭神を祀っているため、合計25549柱の神々を祀っているそうです。

桁違いの多さですねΣ(・ω・ノ)ノ

札幌護国神社の社務所は本殿に向かって左手に進んだ先にあります。

社務所だけではなく境内内の全ての建物が木造で、非常に趣を感じました。

社務所の入り口にかかっている古い裸電球が特によい感じでした(・∀・)つ

さて、御朱印の初穂料は300円でした。

先に述べたように3種類の御朱印を頂けるので計900円です。

また札幌護国神社のオリジナルの御朱印帳がありました!

靖国神社・護国神社の御朱印帳も販売していたので、2種類の御朱印帳を購入することができます。

また他の神社と違って、自らの神社を紹介するパンフレットがなく、代わりに縦に長い神社情報を記した紙がありました。


頂いた御朱印は、春だからでしょうか、桜のスタンプがありました。

緑色のスタンプや、彰徳苑の紫色のスタンプもあるためこれまで頂いた札幌における御朱印の中ではカラフルな部類に入ると思います!(*・ω・)ノ


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↑旧校舎のようにも見える社務所、平成最後のせいか人が多かったです(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑やはり「旧校舎」っぽい!(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑社務所の入り口にある古めかしい電球(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑様々な品が販売されています(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑オリジナルの御朱印(「歩け、マヤ」管理人撮影)

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ところで、札幌護国神社には駐車場があります。

車で入れるのは神社の東側、豊平川方面からのルートになります。

徒歩で来る場合は、車と同様のルートの他、中島公園側から入ることができます。

全体的な敷地はとても広いのですが駐車場はさほど広くありません。

それでも車を10台近くは停めれると思います。

「平成最後の日」だからでしょうか?

参拝客が非常に多く、駐車場もいっぱいでした。

ご結婚された方が境内で着物姿で記念写真撮影されていたりもしていました。

もしかしたら普段も祭事やイベントで駐車場は混み合っているかも知れません( -д-)ノ


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↑入り口の鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑入口の鳥居の下部構造(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑入口の鳥居の建立年情報(「歩け、マヤ」管理人撮影)


さて、今回も鳥居のデータを取得してきました。

札幌護国神社には鳥居が3基、建立されていました。

多賀神社については次回に紹介しますので、今回は2基の鳥居について紹介します!

それでは順に鳥居のデータを紹介していきます。


【札幌護国神社 / 正面入り口の鳥居】
①建立:1934年
②素材:花崗岩製
③高さ:約6m
④直径:53cm
⑤角度:斜め(傾斜角2度)
⑥下部構造:丸み台石(薄い)


*(上記赤文字部、修正しました!ご指摘ありがとうございました(*_ _)ペコリ)

正面の鳥居は大理石製の大きな鳥居でした。

高さの割にはやや柱が太いなという印象です。

また特徴として台石が非常に薄いものでした。

丸みを帯びていることから、非常に薄い饅頭とも言えそうな中間的形態です( -д-)ノ

今後の調査でも、こういった台石構造の事例が多く見つかれば、名前を別途付けて分類した方が良いでしょう。


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↑中島公園側の鳥居(「歩け、マヤ」管理人撮影)


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↑鳥居の建立・奉納年月日の情報(「歩け、マヤ」管理人撮影)


【札幌護国神社 / 中島公園側の鳥居】
①建立:2001年
②素材:金属製(中空構造)
③高さ:約4.7m
④直径:36cm
⑤角度:垂直
⑥下部構造:台石(大きい、台座状)


中島公園側に建立された2基目の鳥居は金属製でした。

台石は大きいものでした。

前回のものと同様のグループとして「台座」という下部構造枠を作っても良さそうですね。

今回のケースでは階段の段差との関係も考慮しなければならないのかなと思っています。

ということで分類枠を増やすのはもう少し事例が増えるまで待つことにします( -д-)ノ


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↑札幌護国神社で売っていた御朱印帳のひとつ

*これは印字されている通り、靖国神社と全国の護国神社用の御朱印帳だそうです。

内面の各ページには全国の御朱印を押せるように、それぞれの神社の名前が書かれています。

つまるところ、「靖国神社、護国神社に対する全国スタンプラリー台紙のようなもの」です。

自由に任意のページに任意の神社の御朱印を頂く、通常の御朱印帳とは異なりますのでご注意ください!(*・ω・)ノ


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今回はGW中ということもあり、たくさん散歩して、色々と写真を撮りました。

なので写真が盛り沢山になってしましましたね( -д-)ノ

さて、御朱印集めものんびりと進み、今回で参拝した神社は7社目です。

実はまだ鳥居のデータの整理はしていません。

10社目を巡り終えた時点で一度、鳥居にに頭の傾向がないか確認してみようと思います!

これまでのところ、一つの神社に複数の鳥居がある場合、様々な種類の鳥居があるなという印象でした。

以前にも書いたように、これは鳥居の形態と神社の御祭神が無関係であり、奉納者の好みによるとの先行研究の記述を表すと思っていました。

・・・・・・それにしてもバラバラ過ぎない?

わざと色々な種類の鳥居を設置していない?

そのような気がしてきた今日この頃です(*^・ェ・)ノ

さて、次回は同じく「平成最終日」の札幌護国神社内の多賀神社、そして「令和初日」の札幌祖霊神社を紹介しようと思います。

乞うご期待!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

↓御朱印集めが趣味な方、かもーん!щ(゚Д゚щ)クァモーン!↓

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2019ねん 5がつ 8にち(すいよーび、晴れ)

GWはかなりのんびりした。

これから一か月休みがない( ・Д・)

加えて今年度一本目の論文も、新しい研究の調査もある。

上手く両立していかねば( -д-)ノ

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みなさん、こんにちは。「歩け、マヤ」管理人のだんごです。

恒例の月初め報告です!

GWはのんびりしてブログ更新サボってました、ごめんなさい( -д-)ノ

これからまたまったりと記事を書いていきますので、どうぞよろしくお願いしますヾ(´ω`=´ω`)ノ

さて、ではまずデータの提示をします!


表1. 2019年4月までの各数値の推移

2019年4月まで表



ということで、2019年4月の記録として、

PV数は4000overを達成しました!

実際、日々のPV数が安定してきたなという実感はありました。

3000PVは維持できそうだな~って4月の初めの内から思っていました。

でも4000PVいくとは思ってなかったですΣ(・ω・ノ)ノ

こうなったら今月はもう1週間終わってるけども、6000PV目指して頑張りたいなと思います!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!


さて、次に変化を分かり易く個別のグラフで見ていきましょう。



2019年4月まで

図1. 2019年4月までの属性ごとの推移


PV数は順調に伸びていますね。

UU数も伸びています。

こうして見てみると、ブログ更新をほぼ放棄した2か月間以外は右肩上がりですね。

1か月サボった時は減ってないですし、2か月サボった時も1か月目にはダメージ来てません。

よっぽど頑張らないと急激な成長はしない代わりに、何らかの理由で暫く更新できなくてもブログって何とかなるようですね……

(いや、もう長期的にさぼりませんけども!( -д-)ノ)

一方で収益の方は不思議な増加傾向にあります。

よく他サイトさんでは、3000PVで千円ほどの収益、10000PVで数千円の収益なんて書いてますけども、全然違いますよね。

まぁ「歩け、マヤ」で利用しているライブドアブログは、ライブドアの広告が良い場所にオートで付くそうですので、そっちに収益が流れているのかも知れませんね(*・ω・)ノ


記事数のグラフはもうむちゃくちゃです(/TДT)/

頑張る時と頑張らない時が交互に来る性格なんだなって分かりますねヽ(TдT)ノ

2~4月は14本程度書いてますから、忙しくとも2日に1本のペースで書けているようです。

も~う少しね、更新頻度上げたいんですけどね。

今月以降、「20記事/月」のペースでやっていきたいですね~(TДT)


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欲を出すと、「10000PV/月」達成したいな~。

書きたい記事はたくさんあるんですけどね~。

やはり何回かは集中して良い記事を量産する月が必要な気がしますね。

それがブログの成長のためになる気がします。

今は自分の研究のために、プログラミングや統計学の勉強をしていますが、少し手が空いたらHTML言語やってみるのもいいのかも知れませんね。

ブログやるなら、「WordPress」がいいってよく聞きますしね。

まぁもうライブドアブログに慣れちゃってるんで、月間PV数が10万とかで安定したら考えようかな。

……ん~、先は長い!( -д-)ノ

あ!Twitterのフォロワー数500名を達成しました!

どうか今後ともよろしくお願いいたします!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

↓登録してちょ~だいよぉ~!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!↓

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2019ねん 4がつ 29にち(げつよーび、晴れ)

ゴールデンウイークの間に太る予感。

ここ2か月で痩せたのに元に戻りそう( ・Д・)


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↑カエル、かわいい!カワ(・∀・)イイ!!(「情報速報ドットコム」の記事内画像より転載)


今日の考古学・歴史ニュースは『纏向遺跡で祭祀・儀礼に用いられたカエルの骨が見つかったよ!』というお話です(*・ω・)ノ

さて、今回の舞台は奈良県、桜井市に所在する纏向(まきむく)遺跡です。

ここは邪馬台国論争、畿内説で有名な3~4世紀の大規模集落跡です。

つまるところ『卑弥呼』が収めた邪馬台国だった蓋然性の高い遺跡なのです。

この時期には古代中国で霊力のある果物とされていた「桃」の種が多く出土する遺跡が多数見つかっており、纏向遺跡でも以前に多量のモモの種が検出されました。

このモモの種などが多数出土した土坑内部の掘り上げ土を詳細に調べたところ、カエルの骨が100点以上含まれていることが確認されたのです。


↓関係する記事のバックナンバーですヾ(´ω`=´ω`)ノ
↑併せてどうぞ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から多数のカエルの骨が見つかり、分析の結果、3種12匹程度のものと判明した。多くが、祭祀(さいし)に使われたとみられる大量のモモの種や魚の骨などと同じ層(3世紀中ごろ)から出土し、「神への供え物にカエルが使われた」との見方が浮上している。
邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から多数のカエルの骨が見つかり、分析の結果、3種12匹程度のものと判明した。多くが、祭祀(さいし)に使われたとみられる大量のモモの種や魚の骨などと同じ層(3世紀中ごろ)から出土し、「神への供え物にカエルが使われた」との見方が浮上している。
邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から多数のカエルの骨が見つかり、分析の結果、3種12匹程度のものと判明した。多くが、祭祀(さいし)に使われたとみられる大量のモモの種や魚の骨などと同じ層(3世紀中ごろ)から出土し、「神への供え物にカエルが使われた」との見方が浮上している。

邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から多数のカエルの骨が見つかり、分析の結果、3種12匹程度のものと判明した。多くが、祭祀(さいし)に使われたとみられる大量のモモの種や魚の骨などと同じ層(3世紀中ごろ)から出土し、「神への供え物にカエルが使われた」との見方が浮上している。
邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から多数のカエルの骨が見つかり、分析の結果、3種12匹程度のものと判明した。多くが、祭祀(さいし)に使われたとみられる大量のモモの種や魚の骨などと同じ層(3世紀中ごろ)から出土し、「神への供え物にカエルが使われた」との見方が浮上している
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↑検出された依存体の一部と該当部位(
藤原弘
藤原弘
藤原弘
「毎日新聞」の記事内画像より転載; credit: 藤原弘)



この土坑は3世紀前半の大型建造物の傍に位置していることから、3世紀中頃までに作られたものと考えられています。

検出されたカエルの骨は全部で117点あり、ツチガエル(94点)、ナゴヤダルマガエル(13点)、ニホンアオガエル(10点)などと計12個体分の骨を確認しました。

それぞれのカエルの推定体長は4~7cmで同定された3種のカエルは現在の遺跡周辺では生息していません。

しかし奈良県にある同時期のもう一つの有名遺跡である唐古・鍵遺跡ではこの3種のカエルの骨が出土していることから、当時の奈良盆地には生息していたと推定されています。

上に挙げた写真に添えてある図面から分かるように、カエルの骨の表面にはたくさんの小さな傷があります。

この傷は人為的に付けられた可能性があります。

またカエルの骨の8割以上が土坑内のモモの種やその他の動植物、土器、木製品と同じ土層で見つかったことから、当時の祭祀・儀礼行為の一環として用いられ、埋められたものと考えられるそうです。

現代の我々にはカエルと神事は結び付かないようにも思えますが、奈良県の無形民俗文化財で、舞や歌などを奉納する「国栖奏(くずそう)」という吉野町の伝統行事では現在でも神前にカエルが供えられるそうです。

古代中国ではカエルも強い霊力を有した動物とされていたことから、モモと共にカエルが儀礼に用いられて神に捧げられたのでしょうね(・∀・)つ


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2019ねん 4がつ 27にち(どよーび、曇り)

GW初日、とてものんびりと過ごした。

GW中も毎日ちょっとした仕事をすることにした。

僅かずつでも進むのである( -д-)ノ

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今回の考古学・歴史ニュースは『奈良県斑鳩町の住宅街にある古墳から5世紀のミニ銅鏡が出土したよ!』ってお話です(・∀・)つ

上に挙げた写真のように奈良県斑鳩町の住宅街にポツンと古墳があります。

この古墳は、「甲塚(かぶとづか)古墳」と呼ばれてきましたが、実際に古墳であるのかどうかはこれまで分かっていませんでした。

地元に残る伝承では「聖徳太子の孫の墓」とされてきたそうです。

今回の発掘調査によって、古墳の頂上部で埋葬施設が検出され、古墳であることが確定しました。

しかしながら出土した銅製の鏡が見つかったことから、5世紀中頃以降に造営された有力者の墓と推定されています。

「聖徳太子の孫の墓」ではなかったのです( ・Д・)




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埋葬施設から出土した銅製の鏡は直径約6cmという非常に小さなサイズのものです。

3枚目の写真で分かるように、中心部にある紐を通すための半球形の膨らみ部分の周辺に3重の圏線が巡っています。

この特徴から「重圏文鏡」という鏡だということがわかりました。

この銅鏡の種類を根拠に古墳の建造・埋葬時期は5世紀の中頃であったと推測しています。


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小さなものが好きな私にとってはミニ銅鏡、可愛いなと思ってしまいます。

小さいながらに精巧な作りであることがより良いですよねカワ(・∀・)イイ!!

それにしてもこれだけの住宅街の中にひっそりとあって、よく子供たちのいたずら等で掘り起こされなかったなと思ってしまいます。

「聖徳太子の孫の墓」ではなかったけれども、重要な人物の墓であるという伝承が古墳を守ってきたのかも知れませんね(。・ω・)ノ゙

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2019ねん 4がつ 25にち(もくよーび、晴れ)

右足のふくらはぎがツリ続ける病になった(ノ◇≦。) ビェーン!!

今日、明日はめちゃ働く。

そしてGWは酒を断って、のんびり養生することにするヽ(TдT)ノ


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今回の考古学・歴史ニュースは『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容です(*・ω・)ノ

本当に久しぶりのマヤ文明ネタです。

専門だからこそ、変なこと書けないなと自然と避けてしまっていたかも知れません( -д-)ノ

ところで実は私は「土器製作址」を探していて、「マヤ史上初の古典期の土器焼成址を発見したよ!」って発表してるんですけどね。

論文として公表になるのは今年(2019年)の7月です。

あと数ヶ月でブログでも記事にして紹介しようかと思ってます。

……さて、今回の発見は個人的に非常に興味深いな~と、ちょっとテーマの方向性は違えど、やられたな~って感じがしています。

もし私の対象遺跡と同じ遺跡で、先にこれだけの発見されたら、正直泣いてますね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


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今回の発見の舞台は、グアテマラの首都、グアテマラシティにあるカミナルフユ遺跡です。

元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。

上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。

遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。

またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。

そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。

両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。

そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ


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さて、今回のニュースで発見されたのは「土製人形」です。

人物や動物を造形したものを「Figurines」と呼んでおり、日本語に直訳すると「小像」でしょうか。

実際にめちゃくちゃ大きいサイズの土製像が後古典期(CE900~1521)のメソアメリカ美術様式には見られますが、古代マヤ文明では小サイズのものばかりですので個人的には「小像」で良いかと思います。

日本では土製の偶像ということで「土偶」という名称が聞き慣れていると思いますが、イメージが大きく異なるので本記事では「土製人形」と表現することにします。

上に挙げた写真のように古代マヤ文明の土製人形は丸みを帯びた造形のものが多いです。

この写真の資料は丁寧に磨かれていますが、粗雑に作られた資料も数多く見つかっています。

一方で2枚目の写真に見られるように、古典期後期にハイナ島で生産された土製人形は非常に精巧な作りであることが特徴的です。


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上に挙げた写真の内、2枚目は明らかに「型」ですね。

1枚目は実見として押してみたものなのでしょうか。

これだと型取りにならないですよね( ・Д・)

でも焼成しているように見えるんだよな(`・ω・´)

・・・さて、参考にしている元記事がコバン市における土製人形の「型」を含む大量の土器破片資料の出土について書いているのですが、すぐにカミナルフユ遺跡の話になるのです。

両方ともマヤ高地だし、距離的にまぁまぁ近いとは言え、けっこう離れています。

遺跡としては別物です。

これは元記事書いた人が間違えているのか、私の訳がおかしいのか(斜め読みしてます(´・ω・`))・・・

なんだか、やな予感がします。


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原文はサイエンス誌に掲載されたようで、膨大な量の土器資料は1つのマウンドから1立方フィートの土壌あたり7000点の破片が発見されたそうです。

さらにマウンド全体では500000点の未使用の土器の残骸を含む合計1500万点の破片が含まれているそうです。

サイエンス誌に載ったとは言え、「未使用の土器」ってどういうこと?

てかこの写真何!?

完全に新しく捨ててるよね!?( ・Д・)

ちょっとサイエンス誌の原文読んで、事実確認し、次回報告します( -д-)ノ

↓こんな終わり方ですみまてん( ・Д・)↓

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