2019ねん 5がつ 11にち(どよーび、晴れ)
なんだか最近、体調が悪いなと思っていた。
ふと枕を変えてみたら、劇的に快復した気がする!
気のせいだろうか!?( ・Д・)
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今回の考古学・歴史ニュースは、以前の記事における『古典期後期(CE600-900)の土製人形の製作工房がマヤ考古学史上初めて見つかったよ!』って内容を確認したよって話です(*・ω・)ノ
↓ちなみに前回の記事はこちら(*・ω・)ノ
【マヤ文明】史上初!?マヤ高地で古典期後期の土製人形の製作工房が発見される!?破片資料数は1500万点!( ・Д・)【考古学】
↑ほとんど同内容ですけどね、混乱っぷりが分かる!( ・Д・)
さて、前回の記事で、混乱がありましたが、原文に当たりまして原因が分かりました!
やはり予想通り、最初に参考にした記事が間違っていたようです。
グアテマラ南部の山岳地帯を「南部高地」と呼んでいますが、その中における『コバン市での土製人形製作工房の発見』の記事と、『グアテマラ市における大量の土器破片資料の廃棄』に関する記事を混同して書いていたようです。
恐らく参考にした海外の記事の執筆者は、土製人形の製作工房と同定された遺構から大量の土器破片資料が確認されたことを強く意識したために、現代の考古学者による大量の土器破片資料の廃棄の写真を発掘調査で出土した資料と間違えたのでしょう。
まぁ専門からすれば、前の記事の最後に書いたように、出土した資料と新しく廃棄した資料の違いは明確なのですが( ・Д・)
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まとめると、私が参考にした記事は、本来2つの異なる記事を混ぜてしまっていました。
【元の記事の種類】
記事A:コバン市における土製人形の製作工房の発見
記事B:グアテマラ市、カミナルフユ遺跡の紹介と現代の考古学者による土器資料の大量廃棄に関する記事
【予想される混同の原因】
①両者とも大量の土器破片資料について書いている。
②両者ともマヤ文明、古典期に関する内容である。
③両者ともグアテマラ国内における話である。
④両者とも同時期のマヤ高地における話である。
ということで、今回は記事毎に整理して簡単に紹介します(*^・ェ・)ノ
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記事A:史上初!マヤ高地にて土製人形の製作工房が検出された!
グアテマラ、アルタ・ベラパス県のコバン市に所在するアラゴン遺跡で土製人形の製作工房が検出されました。
この遺跡は私有地にある遺跡であり、新たな建物を建設する工事によってマウンドを削ってる最中に見つかりました。
マウンドとは昔の建造物が崩れて時間が経過したことで土を被った遺構で、マヤ地域の場合は多くの場合、丸みを帯びた長方形の「土饅頭」のような状態になっています。
日本には文化財保護法がありますので、新たな建設工事の際は届け出が必要であり緊急調査がなされるわけですが、海外では多くの場合そのように保護されていません。
大体の場合は近現代の工事によって遺跡や遺構は破壊され、出土した遺物は個人のコレクションになったり、売り飛ばされたり、そのまま破壊・廃棄されたりします。
今回のケースでは工事の主体者がアメリカ人マヤ考古学者の友人だったようで、工事中に多量の土器破片資料が出土したことから連絡を取ったそうです。
検出された土製人形の製作工房は工事によってかなりの部分が破壊された後でしたが、それでも数千点に及ぶ土器破片資料と、400点以上の土製人形や人形の「型」の資料が出土しました。
出土した土器破片資料の分析から、帰属時期は750~900 CE、古典期後期後半と推定されています。
古代マヤ文明にはマヤ文字を刻んだ石碑がありますが、経済に関する情報は含まれていません。
そしてこれまでに古典期に属する明確な土器やその他の土製品に関する製作工房は検出されておらず、重要な発見と言えます。
私も土器経済を明らかにし、そして碑文研究で示される都市国家間の政治的関係との相関性について明らかにしたいと考えていますが、今後マヤ文明における古代経済について少しずつ解明されていく予感がしますね(・∀・)つ
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記事B:現代の考古学者によるカミナルフユ遺跡における多量の土器破片資料の廃棄
この記事の舞台はグアテマラの首都、グアテマラ市にあるカミナルフユ遺跡です。
グアテマラ市(以下、グアテマラシティで記述)は、コバン市よりも約89km、南側のより標高の高い地点に位置しています。
この遺跡は元々は巨大な湖の周辺に栄えた大都市でしたが、近現代における首都の成長と共に大部分が消え去ってしまいました。
上に挙げた2枚目の写真のように、一部が遺跡公園として保存されており、その周辺はすぐに住宅街となっています。
遺跡公園にはJICAの協力で建設された小規模の博物館の他、上に挙げた写真に見られるような古代マヤ文明の建造物が見られる展示があります。
またカミナルフユ遺跡の他の一部であるミラ・フローレス地区は、その名の通り「ミラ・フローレス」と呼ばれるショッピングモールに残っています。
そこでも小規模の博物館の他、神殿マウンドが展示されています。
両者とも規模は小さいですが、比較的新しい建物であることもあり綺麗です。
そして展示されている遺物も展示方法も素敵です(・∀・)つ
グアテマラでもお金のあるところにはあるんですけども、メキシコ等と比較すると文化遺産活用はまだまだですし、所謂「貴重な・美術的価値のある考古資料」以外は一般はもちろん行政面でも興味がないようです。
つまるところ、素敵な資料の展示ケースを買うお金やそのための広いスペースを確保するお金はあるが、分析に使用する他の多量の出土資料を保管しておくスペースを確保するお金はないということです(/TДT)/
で、問題の写真がこれ( -д-)ノ
実際には日本でも土器資料は廃棄されています。
しっかりと何をどこにどれだけ捨てたかを記録した上でですが。
特に日本では現代の建設工事に伴う緊急調査によって日々膨大な量の考古資料が出土していますから、保管する場所に困るわけですね。
しかし土器の数量化に関する研究や、土器胎土分析等の定量分析に関する研究、そして熊本大学の研究では土器破片資料も重要です。
特に熊本大学の小畑教授によるレプリカ法は土器資料から新たなデータを引き出す方法として非常に面白いなと思っています。
↓このような研究もあります(*・ω・)ノ
↑良かったら併せてどーぞー( -д-)ノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
確かに増加し続ける全ての資料を保管するのは物理的に無理かもしれませんが努力はしたいですよね。
少なくとも廃棄の前に、現在可能な手法によるデータの採取を全て終えてから廃棄してもらいたいな~と思います。
実際にこのカミナルフユ遺跡で出土した土器破片資料の内、博物館にて保管できないものが、上の写真のように廃棄され始めているようです。
蛍光X線分析装置(中古で300万円、新品で800万円くらいする( ・Д・))をゲットできれば、廃棄前に全部のデータを集成するのにな~と思う今日この頃(´・ω・`)
研究費取れなかったら、やっぱりクラウドファンディングかな。
その時は皆さん、応援よろしくお願いします(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!
ちなみに元記事にあった1500万点という数字の出所は、50年ほど前の考古学者が推定したカミナルフユ遺跡全体から出土するであろう総土器破片資料数のようです。
↓捨てられる運命の土器資料からデータを引き出すための機材購入のために応援して下され!( ・Д・)↓