あるけまや -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

    お金にならない考古学をお金にしよう╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ ! 考古学・歴史ニュースの決定版╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

    閲覧注意

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    2025ねん 9がつ 21にち(にちよーび、晴れ)

    宣言通り昨日はYoutube動画つくったぜ!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

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    今回の考古学・歴史ニュースは💀🔥 火で乾かす『長生きの秘術』 — アジア発、世界最古級、煙乾燥ミイラ群の衝撃!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    *閲覧注意!:スモークドマミー(燻製ミイラ)の画像が下部にあるので、グロ系ダメなひとは見ないでください!




    📰 冒頭


    熱と煙の匂いが、1万年以上の時を越えて届いた――。


    南中国・東南アジアの複数遺跡を再解析した新研究が示したのは、“人為的に低温の煙で数日〜数週間かけて乾燥させる”ミイラ化行為が、紀元前1万年ごろ(あるいはそれより古く)に行われていた可能性だということ。


    これは「ミイラ=エジプト」の常識を揺るがし、葬送行為と祖先崇拝の起源に新たな光を投げかける。






    🔎 発見の要点:どこで何が確認されたのか

    🗺️ 国や地域:主に中国南部(広西、広東の遺跡)やベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンの旧石器〜前新石器層の埋葬群が再検討され、合計で数十例(54体を中心に解析した報告)が対象に含まれた。


    🔥 何が見つかったか:屈曲(しゃがむ/胎児様)位で埋葬された遺骸、骨の表面に見られる熱変性や煤(すす)付着、頭蓋の焼け痕・切開痕など、単なる偶発的な火災や焼失とは異なる「持続的で低温の熱処理(煙乾燥)」を示す痕跡が検出された。


    (重要)この研究は、化学分析(X線回折や赤外分光等)や顕微鏡観察を用いて「熱による骨や軟組織の段階的変化」と「煤の付着」が埋葬過程に関わったことを示している。





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    ↑普通に屈葬の骨に見えるね!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.2, 5より転載)



    🧪 「煙で乾かす」って具体的にはどうやったの?

    想像してみてほしい。死者を丸めて抱え、火のそばに横たえ(もしくは骨格を組み直して)長時間にわたり熱を当てる。


    温度は高温焼成(焼却)に至らない範囲で、低く持続的な熱(燻し)と煙が壁や被覆、周辺材に作用して身体から水分を徐々に抜いていく。


    研究チームは、骨の色変化・微細割れ・煤の粒子の挙動などから、こうした“煙乾燥(smoke-drying)”工程が積極的に行われた可能性を示した。




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    ↑こんな風にやるらしいよ!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.9より転載)



    🌍 なぜ重要か — 世界史の教科書を書き直すのか?

    従来、最古の“人為的なミイラ”として注目されてきたのは、チリ北部のチンチョーロ文化(約7,000年前)や古代エジプト(約4,500年前)だった。


    今回の発見はこれらより古く、最古クラス(論文では「1万年以上前」〜最古で約12,000年前とする報告もあり得る)の人為的保存行為を示す可能性があるとされる。


    もし確定すれば、ミイラ化の発明が“砂漠や巨大墓の文明”ではなく、むしろ熱帯・亜熱帯の小型・移動性社会(狩猟採集民)の葬送実践から出現した、という視点を与える。







    🧭 文化的・進化的な意味:葬送はなぜ生まれたのか

    葬送の起源をめぐる議論では、「衛生的理由」「遺体の保存」「祖先崇拝や社会的記憶の保持」など複数説がある。


    煙乾燥は“保存”と“儀礼”の両面を兼ね得る手法で、遺体を可能な限り“見える形で”保ち、長期間にわたって遺族の記憶を触発することを可能にする。


    小規模な集団での祖先記憶の維持や社会的結びつきの強化に寄与した――そんな仮説が考えられる。


    研究者はまた、現在もパプアなどで続く民俗的な燻製・ミイラ保存技術との連続性にも言及している。




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    ↑やぱ普通に屈葬の骨に見えるね!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.3, 4より転載)



    🔬 論拠の強さと慎重論:疑問点はなにか?

    重要な点だよ。報告は力強く示唆しているものの、以下の点で慎重さが求められている:


    1. 年代の確定精度 — サイトごとに年代測定法や層位の質が異なるため、すべてが同時期の同一習俗を示すとは限らない。

    2. 行為の意図性 — 熱による変性=意図的保存とは断定できないケースもあり、自然発生的な乾燥や偶発的な火の影響と区別する必要がある。

    3. 地域性の幅 — いくつかの場所では明確な儀礼的証拠が薄く、局所慣行だったのか、広域的な風習だったのかは追加研究が要る。


    学術界には既に慎重論も出ており、さらなる化学的解析、DNA・たんぱく質保存の検査、微痕跡学的研究が求められている。




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    ↑これが現代のスモークドマミー!さすがに生々しい(?)ぜ!( ・Д・)(Hung et al. 2025, Fig.8より転載)



    おわりに

    上に挙げた現代の例ですけど、インドネシア、パプアで2019年に撮影されたものです。

    この状態ならミイラだな~てなるけれど、さすがに約1万年も普通の土の中に埋もれていたらそりゃあ骨だけになるよね。

    ほんとただの屈葬にしか見えないんだもん( ・Д・)




    そりゃあさすがに反論も出るわ。

    どこの考古学者も(一般の方々もだけど)最古とか最大とか大好きだけど、

    中国は特に最古大好きな感じがするからなぁ。

    まぁ今回は中国南部と東南アジアの例として挙げてるけど、中国は東南アジアは中国のモノっておもってそうだし(苦笑)



    そういう意味ではなんか漠然と不安!



    でも日本人研究者も混じってるし、

    分析自体は同年代の他地域の人骨との比較で統計的に差異を出せばいいから時間と労力かければ何とかなる問題だし、

    最古のミイラの時期に関しては多少オーバーに言う民族性があれど、エジプトや南米の事例に比べりゃ遥かに古いので問題ないかと思う。



    ・・・絶対最古なんだから控えめに安全圏で言おうとする姿勢は日本人特有か?

    まぁでもそれが日本では美徳でも世界的に見れば日本人の弱さでもある。

    ガンガンに押していかないからな。

    一長一短かヽ(TдT)ノ



    あ、今回の論文、共同執筆者が全部で22名・・・

    考古学でも学際的研究を推進した結果(無理に進めた結果?)こうした理系論文で見られるような『大所帯』論文が散見されるようになったね。

    まぁアメリカ発の「論文数至上主義」的な病気が蔓延してるからみんな名前ぶち込みたいもんね。

    ま、特に関係ないし、いいんだけど!(*^・ェ・)ノ




    何はともあれ、

    久々にスモークチーズとか食べたいな!(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?



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    2022ねん 10がつ 21にち(きんよーび、晴れ)

    すごく休んだらすごく元気になってきたんだけどすごく仕事溜まるんだよね、当然か( ・Д・)

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    今回の考古学・歴史ニュースは「何か生々しい……反省します!( ・Д・)ってお話です(*・ω・)ノ


    さて、今回の舞台は群馬県嬬恋(つまごい)村の鎌原(かんばら)地区にある「天明三年浅間やけ遺跡」です。

    何が生々しいかはこの先を読んで頂ければ分かるサクッと思います。

    反省します!って箇所は「おわりに」の部分で書きますが「考古学者として反省します」の意味です( -д-)ノ




    反省の部分、思いの外長くなって真面目ながらも最後は楽しい仕上がりになったので是非読んで欲しい!

    むしろ今回の『日本のポンペイ』の話を飛ばしてもいいから読んで欲しい!( ・Д・)











    さてさて、上にも挙げたように本場(?)のイタリアのポンペイに関する記事はこれまでにもたくさん書いてきました。

    マヤにも「マヤのポンペイ」があるし、上の3番目の記事は「アジアのポンペイ」だし、、、

    世界的に火山噴火被害に遭って火山灰などにパッキングされてしまった遺跡はけっこうあるのです。

    なので、火山大国な日本にもそうした遺跡があってもおかしくありません。

    今度記事にしようかと思いますが、他の有名な事例として古墳時代の榛名山噴火関連の遺跡があります(*・ω・)ノ



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    今からおよそ300年前、天明3年(1738年)に浅間山が大噴火しました。

    この噴火で流出した溶岩はおよそ幅1~2km、長さ5.5kmと考えられています。

    溶岩は吾妻川に流れ込み、大規模な火砕流となって旧鎌原村(現在の嬬恋村鎌原地区)を襲い、152戸、477名が死亡したとされています。

    これは村の住民のおよそ8割に相当する数であり、被害の大きさが分かります。






    天明三年浅間やけ遺跡は昭和31年(1956年)に群馬県の県指定史跡に指定され、昭和54年(1979年)に最初の発掘調査が実施されました。

    サムネ画像や上に挙げた写真はその当時のものです。




    現在の鎌原観音堂は被災を免れて残っているもので、当時この高台に辿り着いた村人たちは生き残ることができました。

    現在の鎌原観音堂の前方にある石段は15段ありますが、昭和54年時の発掘調査によって下部(先に挙げた観音堂の写真の真新しい赤い橋の下)に更に35段があり、本来は50段であったことが分かっています。




    上に挙げた写真のように下方35段で二人の被災者の人骨が見つかりました。

    この折り重なるような状態の2人分の人骨は、年老いた女性を背負った若い女性と判定されています。

    ようやく観音堂まで逃げてきてあと少しというところで被害に遭ってしまったのです。





    この遺跡での発掘調査は1991年にも実施され、今年2020年から6年計画で更に観音堂周辺を広く調査する予定です。

    同調査は被害の状況だけではなく同区域の復興の様子を明らかにし、防災意識の向上にも貢献していくことを目的にしています。

    今後の調査成果が楽しみですね(。・ω・)ノ゙










    おわりに ~私が反省した点~

    考古学だけではないのですが、広い意味での歴史学で、、、

    「歴史なんて役に立たない!」

    なんて表現はSNSが浸透した昨今、よく目にするなぁと思います。



    昔は「考古学も役に立たんっぽい・・・シュン(ノд・。) グスン」

    ってなってたんですけども、




    ここ最近は立場が変わりまして、

    確かに現状、考古学は現代社会の役に立たないかも知れない、ならば役に立つようにすればよい!

    と思って調査・研究活動をしています(*・ω・)ノ

    私の考古学研究における法則定立的な研究志向はそのせいです(*^・ェ・)ノ




    ↓これがそう……コラムなんだけど、どうやらちょっと難しいらしい( -д-)ノ




    研究とは無関係な一般の人々に、歴史が役に立たないなんて言われてしまうのはある意味仕方ないことなのですが、

    仕方ないと安住してしまったことも一因と私は考えています。




    「歴史は役に立たない」というのは「歴史は現代の社会と繋がりを感じない」ということなのだと思っています。

    もちろん、研究者や歴史が好きな方は過去と現在が歴史的に繋がっているのは当然なのですが、、、

    要は「歴史研究のテーマ設定や問題設定が、現代社会における特に歴史の重要性が理解できない/しない人々の身の周りの問題と無関係である」ことが問題なのだと思っています。




    なので、その解決策として私はSDGsの中でも重要視されているような貧困や格差の問題に繋がるように、古代マヤ社会における格差について研究し、

    そもそも国家あるいは集団が自然と有する格差のシステムについて理解することを目標にしています。

    (ちなみにSDGsについて悲しき若手研究者が触れるのは全て助成…のためです、秘密ですからね、約束だよ!( ・Д・))




    ……前置きが長くなりましたが、つまり私は「考古学研究テーマと現代社会の問題の乖離」が問題と思っていたのですが、

    今回の記事を書いていて、ふと気づいたのです( ・Д・)



    私自身が過去と現在を結び付けていなかったなと、、、( ・Д・)




    本当のポンペイの方は場所も遠いし、時代も古いので身近なものとは全く感じておらず、

    「さすがに残りがいいな!」

    「レアデータがいっぱいだけど他の通常の出土状況の遺跡とどう比較研究できるだろうか」

    「ってかこのパン、絶対まだ食べれるじゃん!( ・Д・)」

    なんて考えていたのです(*^・ェ・)ノ




    今回は日本の話ですし、たかだか300年前(私の感覚)なので最近の話と感じてしまって、『ただ、お、人骨出た!」ではなく、災害で亡くなってしまった人に対して自然と思いを馳せてしまったのです。

    まぁもちろん研究者として客観的な立場であろうとすることは大事なのでそのせいであることが原因とも言えるのですが、

    どこか心の上で過去と現在を結び付けてないのは自分も同じだったかなと反省しています(*_ _)ペコリ





    って思ったよって話なんですけども、皆さんは本記事を通して何か感じましたか?

    まぁとりあえず考古学者なんてお墓出ても喜ぶだけの生き物だと思ってほぼ間違いないということを知ってお帰り頂ければ幸いです(?)




    ・・・・・・

    「歴史は役に立たない」

    実は、私はかつて隣に座ってた方に突如言われた経験があります。

    所謂飲み屋のカウンターで、私を挟んでの医者と会社員の口喧嘩の仲裁に入った時のことですが、



    『人の命も救えないやつに喋る権利はない!』



    って会社員に怒鳴られ、かつて「考古学は科学か」、「考古学は現代社会の役に立たないお荷物なのか」なんて悩んでいた私は悲しくて涙を流しました・・・



    懐かしいものです( -д-)ノ




    ……でも今なら言える!

    お前も救えないから喋んな、このハ~ゲ~!( ・Д・)(ハゲてない)



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