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歩け、マヤ -考古学・歴史ニュース-

「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙

タグ:隠し部屋

2019ねん 2がつ 10にち

変な夢は見るが、怖い夢を見なくなった気がする!

いいことだ.。゚+.(・∀・)゚+.゚


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今回の考古学・歴史ニュースは「中世のお城の隠し部屋からボードゲームが見つかったよ!」というものです。


↓過去にも古代のゲームについて書いていたので紹介しておきますね( -д-)ノ↓


さて、舞台はロシア、レニングラード州にある都市、ヴィボルグです。現在はロシア領ですが、かつてスウェーデン領やフィンランド領でもあったという歴史を有しています。


この都市で最も有名な建物がヴィボルグ城です。上に挙げた写真の通り、自然に溶け込んだ美しい古城のイメージにぴったりなお城ですね。

このヴィボルグ城は13世紀にスウェーデン人によって建てられ、19世紀末に大規模な改修工事が行われたそうです。


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↑ヴィボルグ城で見つかった隠し部屋らしい(「Выборгский музей-заповедник」さんの投稿写真を転載;ロシア語)


ヴィボルグ城では発掘調査が継続して行われているそうです。上に挙げた写真は昔や現在の調査時の様子を捉えたものです。


写真から分かるように、城の下には地下通路があることが分かっており、ヴィボルグ城からヴィボルグの町まで地下道で繋がっていた可能性があるそうです。

よく物語で出てくる「秘密の抜け道」みたいなものでしょうか。


この地下道の中で隠し部屋があることが分かり、そこで中世のボードゲームが出土しました。


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出土したボードゲームは粘土のレンガに模様が刻まれており、「ナイン・メンズ・モリス」というゲームの一種と推測されています。


写真を見てみるとやけに大きなレンガブロックであることが分かります。また一部は弧状に欠損しています。

文様はレンガの横幅一杯になるように配置されています。またレンガを焼成した後にゴリゴリと削って文様を描いているようです。


となると、恐らくこの隠し部屋は地下道の通行を見張る監視所的な役割を果たしていた場所なのかなと思います。

お城に自由に行き来されても困りますからね( -д-)ノ


そしてこの大きなレンガは地下道を維持するための補修に必要な建材の内の一つであったかも知れません。

つまり見張りの兵士は暇潰しとして、蓄えられていた建材あるいは残っていた建材を利用して、表面を削ってゲームのためのボードとして使ったのでしょう(*・ω・)ノ


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まぁ恐らくそんなところ……ところでこのボードゲームは「ナイン・メンズ・モリス」という対戦型のゲームだそうです。


歴史記述として確認されている最古の例は西暦8年、帝政ローマ期のものです。


中世のイギリスで最も流行したとされており、世界中に様々なバリエーションとして広がっていったようです。


ちなみに日本では、明治初年に売り出された「石並取(いしなとり)」あるいは「十六むさし」というゲームが、このナインズ・メンズ・モリスに相当するゲームになるそうです。


↓旅行したいな……って思う人~?ヾ(´ω`=´ω`)ノ↓

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2018ねん 5がつ 8にち(かよーび、晴れ)

仕事がいっぱいである。

今日は夜まで働かねばならないだろう。

ところで「何かを楽しみに生きる」ことは大事だそうだ。

私は次の(来年の)ゴールデンウイークがすでに待ち遠しい。

…これで来年まで頑張れそうだ。

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↑ツタンカーメン王墓内の写真。赤丸部にてツタンカーメンは壁画内でオシリスの姿で描かれている。(ナショナルジオグラフィックの記事内写真より一部加工;Photograph by KENNETH GARRETT, NATIONAL GEOGRAPHIC

【目次】
  1. 本当?ツタンカーメンの墓に隠し部屋はないと結論付けられる!
  2. 勃起したミイラ、ツタンカーメン王の死について
  3. おわりに


1.本当?ツタンカーメンの墓に隠し部屋はないと結論付けられる!
これまで紀元前14世紀の古代エジプト王ツタンカーメンの墓には未発見の部屋が存在するかも知れないと指摘されてきた。しかしイタリア研究チームの調査結果を基に、エジプト考古省は隠し部屋は存在しないと結論付けました。

隠し部屋の存在について指摘したのはイギリス人考古学者のニコラス・リーブスです。2015年に、ツタンカーメンの墓には隠し部屋が2つあり、ツタンカーメンの義母とされる伝説の美女ネフェルティティ王妃が埋葬されている可能性があるとの新説を発表し、国際的な注目を集めていました。

この説に対して日本の研究チームがレーダーによる調査を行い、隠し部屋が高い確率で存在すると主張していました。次にアメリカの研究チームが再調査を行い、隠し部屋はないと主張していました。

今回のイタリアの研究チームによる再調査はこの論争に終止符を打つためのものであり、隠し部屋はないと結論付けたのです。

さて、ここでふといくつかの疑問が浮かびます。

一点目に、エジプト考古省ってそんなに権力が強いの?ということです。イタリアの研究チームが自らの成果を公表するのは分かります。何故、考古省が結論付けるのかが理解できません。

エジプト考古省は、「世界ふしぎ発見!」等の日本の番組で古代エジプトを扱う時によく登場する組織です。また番組によく登場するザヒ博士(ザヒ・ハワス)が大臣を務めていた組織です。

エジプト考古省は2011年にムバラク大統領の下で、考古最高評議会を母体として発足した組織です。その目的はエジプトの古代遺産の保全や盗難のリスクに対処するためです。

考古最高評議会ってすごい名称ですけど、エジプトにおける考古遺跡の発掘およびそこから発見された発掘品などもあわせた保護、規制、保存のための組織です。

ツタンカーメンの墓の保全のために、これ以上のレーダー調査や試掘は認めないということなのでしょうか?

二点目に、現段階で結論付ける意味はあるのか?ということです。近年の科学技術の発達は目覚ましく、これから先もどんどん優秀な地中レーダー機器が出てくることでしょう。

論争に終止符を打つというのは「いかにも」な表現でカッコイイですけど、何故今なのでしょうか?新説が登場してから僅か3年ですし、結論を急ぎ過ぎではないかと思います。

しかも2015年当時は、レーダー画像解析の結果として隠し部屋や隠し通路状のものが存在する可能性は90%以上と発表していたのに、突如手の平を返しました。

またこのイタリア研究チームによる調査は3回行われていて、3回目だけが報告されています。1、2回目の結果はどうだったのでしょうか?

エジプトでは新しい博物館が開館予定ですし、エジプトにとって観光資源による外貨獲得は国家としても非常に重要なものです。また現在のエジプト考古省大臣であるカレード・アル・アナニは、最重要課題として考古省の財政赤字の解消を挙げています。

ネフェルティティの発見は間違いなく21世紀最大の考古学的発見として世界中の注目を受けるでしょう。もしかしたら何かしらの政治・経済的な意図で、「タイミング」を操作しているのかも知れませんね。


2.勃起したミイラ、ツタンカーメン王の死について
ツタンカーメンは1922年にハワード・カーターによって発見されました。それ以来、古代エジプトで最も有名なファラオとして現在も研究者や多くの人々の関心を集めています。

王墓には素晴らしい財宝がたくさん副葬されていたことも注目に値するでしょう。純金製の棺桶とマスクが有名ですが、他にベッド、玉座、二輪戦車、弓、食料、ワイン、サンダル、リネンの下着など5398点に及ぶ副葬品が確認されていますここではその一部を紹介しますね。
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↑ツタンカーメン王に捧げられた宝物の一部(いずれもナショナルジオグラフィックの記事内写真から転載;Photograph by KENNETH GARRETT, NATIONAL GEOGRAPHIC

さて、ツタンカーメンは9歳の若さで第18王朝のファラオとして即位し、19歳で亡くなったと言われています。CTスキャン等のミイラに対する調査によって推定死亡年齢が19歳となっているのです。

また骨のDNAサンプルからケーラー病(足の甲にある、舟状骨という骨に炎症が起こる疾患)を患っていたことが分かっています。またDNA鑑定やコンピューター断層撮影装置 (CT) の調査によって、骨折にマラリア(熱帯熱型)が重なって死亡した可能性が高いことが指摘されています。

しかしながらツタンカーメンの死については不自然な点も多く一種のミステリーとして扱われています。

ひとつの可能性として、ツタンカーメンは殺され、政治的プロパガンダとして利用されたのではないかという指摘がサリム・イクラムによってなされています。

古代エジプトでは、ファラオは在位中はホルス神の化身であり、死後はオシリス神になると考えられていました。ツタンカーメンは死後にオシリスとして埋葬されるというパフォーマンスによって、ファラオの権力の維持と増強に貢献したのかも知れません。

カーターの記録によれば、最初、ツタンカーメンのミイラは性器が90度に勃起した状態でした。恐らくこれは防腐処理をした際に意図的に勃起したように見えるように形を整えたと考えられています。オシリスの豊穣性を象徴したもののようです。

俗に言う「テントを張った状態」で埋葬されるのは勘弁して欲しいものですね。しかもカーターと解剖学者のダグラス・デリーがミイラの検査をした際に、性器が体からぽろっと落ちてしまったそうです。想像しただけで笑えます。そして男としてはなんだか悲しい気持ちになりますね。ヽ(TдT)ノ


3.おわりに
エジプト考古学の現地事情がよく分かりませんが、やはり国が絡んでくると調査・研究の実施自体が困難になるようですね。

中米でもメキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、ベリーズと観光資源による外貨獲得は非常に重要です。特にメキシコやグアテマラではテオティワカンやマヤ遺跡を観光地として推しています。

考古学が現代社会の中で何の役に立つのか?なんてよく言われますし、私たちも研究成果の社会還元の形を考え、実践していかなければなりません。

でもこうしてみると、近年特に人類学や考古学が軽んじられるのは大部分がアメリカや日本の話なのかも知れません。産業が国家経済の主体であり、自国が保有する古代遺跡の世界的な観光地化が十分に行われていない国での話なのかも知れません。

日本には活発な建設工事に伴う膨大な緊急発掘によって莫大な量の出土資料があり、その管理に困っている現状があります。発掘資料や研究成果を上手に活かした世界的な観光地となり得る新たなアトラクションとしての考古学博物館ないしアミューズメントパークの構想が、考古学と現代社会を強く結び付けることに繋がるのではないでしょうか?またそこに日本考古学の未来がかかっているのかも知れません。

↓(*・ω・)ノぽちっとな!ホイ!それ、ぽちっとな!(。・ω・)ノ゙↓

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