やぱ新しく勉強したり研究するには、どうしても定時以降とか、休み使わないとダメだな( -д-)ノ
また中国は観光で一儲けできるね!( ・Д・)
「考古学」を中心に考古学・歴史に関するニュースをお届け! 世界には様々な発見や不思議があるものです。ちょっとした身の回りのモノにも歴史があり、「らーめん」すらも考古学できるってことを、他の考古学・歴史ニュースと共にお伝えします!(。・ω・)ノ゙
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このベネチアにある潟(ひがた;ラグーナ)に浮かぶサン・ラザロ島にある修道院で、中世の遺物として展示されていた金属の刀剣がありました。
修道院の記録文書によると、この刀剣は1886年の8~9月にトルコのトラブゾンにある同じ宗派の聖職者組織から贈り物として届けられたものだそうです。
で、問題の刀剣がこれです(*・ω・)ノ
↑実際に「中世」と記されていた刀剣(「CNN.co.jp」の記事内画像より転載)
長さ約43cmの金属製の刀剣です。
この「中世」との表記があった刀剣の展示を見た博士課程の学生がその年代に疑問を持ったそうです。
とういうのもこの学生は青銅器時代が専門で、自分の調査研究で知っていた刀剣と形態が類似していることから、もっと古いものだと確信したそうです。
青銅器時代であれば5000年前に遡る可能性があります。
そこで、学生の所属するベネチア大学とパドバ大学が共同で刀剣の金属の化学組成を分析した結果、ヒ素を含む銅の合金で作られていることが分かりました。
申し訳ないことにここから先の記事の意味が理解できなかった(これまでの文章との前後関係が理解できなかった)ので、引用しておきます。
この合金は主に紀元前4世紀の終わりから同3世紀初めにかけて使われていたもので、青銅の使用が定着する前の年代であることを意味する。
同じ化学組成を持つ刀剣2本がトルコで見つかっているが、これらは形状も非常に似通ったものとなっている。
当時はコーカサス地方やアナトリア地方、エーゲ海諸島及びギリシャ本土で新たな貴族階級が勃興していた。考古学者らはこうした刀剣について、武器であると同時に権威の象徴としての役割も果たしていたとみている。
(CNN.co.jpより)
・・・・・・・・・
どういうことなのか、さらっと読んだだけでは理解できないのです( -д-)ノ
(勉強不足で申し訳ない)
私なりの考えを以下に書いておきます。
まず上に挙げた刀剣をよく見て欲しいのですが、「緑青」が見えますよね。
「緑青」は銅が酸化した際の錆で、緑色になるのはご存じの方も多いかと思います。
だから青銅製の剣だなんてパッと見で分かるやん!って思います。
そしてヨーロッパにおける青銅器時代はBCE3000年に始まります。
ヒッタイトの滅亡により鉄器の知識が広がるのがBCE1200年頃です。
ということは、参考記事の「5000年前に遡る可能性がある!」なんて記述は、青銅器時代の始まりを指しているだけなんですよね( -д-)ノ
実際の分析結果では、刀剣の素材は銅とヒ素の合金でした。
こういった合金が使用されたのがBCE300-200頃だと書いてます。
なら古く見積もっても2500年前じゃない?
二倍も違うよ?( ・Д・)
また「青銅の使用が定着する前」ってのも全く理解できないですね( -д-)ノ
綺麗な考古学者もいるのですね。
ちなみに「美人・考古学者」で検索すると日本語、英語、スペイン語ではほぼヒットせず、アニメや映画のデータが見つかります。
Δυο καλοδιατηρημένοι κλίβανοι της βυζαντινής περιόδου εντοπίστηκαν στην περιοχή Γρατσάνη του Ανθότοπου Κοζάνης, κατά τη διάρκεια εργασιών……(記事より一部抜粋)
↑伸展葬の遺体(「Ancient Origins」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water )
↑足を切断され、後ろ手に縛られている遺体Σ( ̄ロ ̄|||)(「Smithsonian.com」の記事内画像より転載;英文;credit: Thames Water )
2.見つかった生贄の遺体の謎
さて、先に述べた動物骨や道具関係の遺物の他に、26体もの人骨が確認されました。
一番上に挙げた写真の人物は普通の伸展葬(「気を付け」をしたような態勢での埋葬)です。
二番目の写真は、何と頭部を切断された上に、その頭蓋骨をわざわざ足元に置いた状態で埋葬されています。
呪術的な意味合いがあるのでしょうか?ヽ(TдT)ノ
そして最もショッキングなのが三番目の写真の遺体です。
分析結果からこの遺体は女性のもので、両手を頭の後ろで縛られ、両足首を切断され、開脚した状態で検出されました(/TДT)/
理論物理学でよく分からないことは「ダークなんちゃら(ex.ダークエネルギー)」なんて表現するように、考古学ではよく分からないことは「儀礼行為」としてしまいます( ・Д・)
恐らく3000年前のこの地では流行り病、飢饉、地震等の自然災害の被害を受けた結果、神の許しや先見の明を求めたり、あるいは、豊かな収穫や戦争での勝利を保証するためにこのような犠牲が払われたのでしょう( -д-)ノ
↑「アフィントンの白馬」(「芭蕉blog」の記事内画像より転載)
↑「サーンアバスの巨人」(「ゲー脳ニュース速報」の記事内画像より転載)
↑「ウィルミントンのロングマン」(「FIND OUT WONDER」の記事内画像より転載;credit: Google)
3.ヒルフィギュア(地上絵)って何?
ヒルフィギュア(hill figure)とはイギリスの石灰岩の丘陵地帯に描かれた地上絵のことです。
その名の通り、丘(hill)の図形(figure)なわけですね(*・ω・)ノ
丘陵の急斜面の草と土壌を削って溝を掘り、母岩である石灰岩を露出させることで描いた地上絵であることから、"chalk figure"、"chalk carving" などとも呼ばれています。
学校の黒板で用いるチョークの語源になっているチョーク(chalk) は、未固結の石灰岩を指します。
石灰岩を露出させて描いているから「チョーク・フィギュア」なのですね(*・ω・)ノ
ヒルフィギュアの製作動機はよく分かっておらず、記念碑、宗教、政治、広告などが考えられています。
上に挙げた3者は特に有名なヒルフィギュアでそれぞれ、「アフィントンの白馬」、「サーンアバスの巨人」、「ウィルミントンのロングマン」です。
ヒルフィギュアの大部分がイングランドの南部の丘陵地帯に集中しており、その数は全部で101例も確認されています。
実はヒルフィギュアは定期的な保守作業を続けないと、風化・埋没して消滅してしまいます。
そのため「古いヒルフィギュア」は、地域のランドマークとして長年に渡って定期的な手入れをされ続けてきたものであることを意味します。
かつては101例以上にもっともっとあったのかも知れませんね(*^・ェ・)ノ
さて、写真から分かるように、緑と白のコントラストが鮮やかで遠方からでもはっきりと見ることができますが、ナスカの地上絵のように上空からではなく、向かいあった斜面や遠方など地上から見ることを意識して作られています。
↑ホーマー・シンプソンのいたずら書き(「excite blog」の記事内画像より転載)
4.おわりに
上に挙げたのは2007年に起きた「いたずら事件」です。
「サーンアバスの巨人」の隣に白色の水性ペンキで「ホーマー・シンプソン」が描かれたのです。
文化財には直接手を出していないし、「水性」という点が優しさかも知れませんが、地元住民は怒り心頭だったようです。
というのも先に説明したように、現在でも地元住民らの信仰の対象ですし、彼らの先祖代々の努力で現存する文化遺産なのですから当然ですね!
(それにしてもシンプソンの絵が上手すぎる( ・Д・))
こういった地元住民らが先祖代々、努力して守り続けている文化遺産ってけっこう少ないんじゃないかなと思います。
その連綿と続いてきた行為自体が「重要な無形文化遺産」だと思います(。・ω・)ノ゙
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